エントリーにエントリー。



「入場料? 生憎と金を持って無いんだけど、物納じゃダメかい?」


 俺はボートで港に入る事はせず、港町から離れた場所で上陸してから街道まで行き、そして門へと入ろうとする人々に並んで順番を待った。


 入場するには人相の確認と荷物の開示、そして入場する為の税が必要だったのだが、俺は金を持って無かった。テムテムの村でも必要なかったし。


 仕方ないので、と言うか予想してたので前もってポケットに入れといた品を渡す。


「これは時計と言って、時を刻むカラクリです。多分お貴族様ですら入手は困難でしょう」


 日本で二千円程度の値段で買える機械時計。それを門番さんに手渡す。


「差額はどうぞ、懐に」


「通ってよぉぉぉぉおし!」


 この世界は一年の日数も一週間の長さも違うが、時計で確認したところ一日の長さは同じだった。つまり日本の時計に価値が生まれる。


 機械式の腕時計なんて、貴族でも持ってないだろうオーパーツだ。あの門番さんはどれだけ儲けるかな。


 こうして露骨な賄賂を送って入場に成功した俺達は、キョロキョロと辺りを見渡しながら進んで行く。


 テムテムとは違ってレンガ造りの建物が目立つ。恐らくは木材だと潮風で傷むのだろう。


「白い壁は塗装じゃないなら漆喰かな? レンガと漆喰、コロンバージュ建築?」


 心がぴょんぴょんする大人気アニメの街並み。あれのモデルになった実在の街がアルザスと言うが、そこで使われる木とレンガと漆喰を使った伝統建築の事をコロンバージュ建築と言うらしい。


 普通そんな事は知り得ないだろうけど、高校に居た意識高い系オタクが聞いても無いのにつらつらと語り倒した事があって覚えてた。


 ネットで調べてみると「あぁこりゃ心ぴょんぴょんするわ」と納得する程には綺麗な街並みだった。旅行する機会があったら一回くらいは行きたかったな。


「さて金が無い。どうやって稼ぐか」


「……赤バス、売る?」


「出来れば売りたくないけどな」


 釣った魚はなるべく自分達で食いたいので、最終手段としたい。


 テムテムは牙羊毛生地のお陰で豊かだった。俺とポロに路銀を渡すくらいは余裕だったはず。でも俺達は無一文で飛び出した。


 流石にね、お孫さんと婚約した癖に村に留まらず、連れ出して冒険してくるって言うのに金の無心までするのは…………。


 向こうは気にしないって言うし許可も出てるけど、ケジメの問題だよね。それで立ち行かなくなれば村に戻って責任を取る。この形が一番良いと思う。


「まぁ売り物の当てならある」


 食べる分は売りたくないけど、食べない物なら売っても良い。七つ道具のショップから日本製品を売っても良いけど、それは経験値を金銭にロンダリングするだけなのでやりたくない。


「チビドラの、皮」


「そう。あれ固くて食えないし、竜の皮ってんなら利用法くらいあるだろ。まぁあれが海竜の子供って言うのもまだ予測でしかないんだけどさ」


 ポロと手を繋いで街を歩く。本当は抱っこした方が早いし楽なんだけど、ポロは手を繋いで歩きたいらしくて抵抗された。多分そっちの方が婚約者らしいとか、そんな理由だと思う。


「おっと、ごめんよ────」


「──せるかよボケが」


 途中、帽子を深く被ったコッテコテの少年にぶつかられて手を捻り上げる。


「イダダダダダダッ!? な、なんでっ? なにもしてなっ……」


「…………そういや財布持ってないからスられようが無かったわ。でもスろうとしたよな? どうせ初めてじゃ無いだろ? 衛兵に突き出されたいか?」


「待て待て待て待て! 見逃してくれ! なにも無かったんだから良いだろ!?」


 金が無いし、重要なアイテムはインベントリに入ってるのでスリもクソも無かった。けど懐に手を突っ込まれてハイサヨナラとはいかんのよ。


「よし、じゃぁ俺達を冒険者組合に案内しろ。それでチャラにしてやる」


「ほ、ほんとか? 組合に行ったら冒険者に囲まれて袋叩きとかされないか?」


「初めて来た街でそんな事出来んならお前に案内なんて頼まねぇよ。お前が冒険者達にスリとして顔が売れてるってんなら知らねぇけど」


 ついでに、スリの少年に色々と聞きながら目的地へ向かう。


 この街はエントリーって名前らしい。港町エントリー。


 …………ふふ、俺達はエントリーにエントリーした訳だ。絶対スベるから黙っておこう。


「ほら、あそこが冒険者組合だよ。もう良いだろ?」


「おう、助かった。行っていいぞ」


 目的地まで辿り着いたのでスリを解放する。お前はもう用済みだと始末する事もなく手を離した。


 案内された、いや案内冒険者組合はやはりコロンバージュ建築に近い建築法で建てられた三階建ての建築物で、かなり大きい建物だ。


 中を覗いて見ると武装した人間でごった返して居て、いかにも冒険者が集まる場所といった雰囲気だ。もし違ったら兵士の宿舎か犯罪者組織の塒で二択になるくらいには武器武器しい。


 カウンターに並ぶ、という古式ゆかしい形式では無く、まず最奥にあるカウンターの一番右にある場所で要件を伝えて、木札を貰うみたいだ。


 そして、貰った木札には番号や記号が刻まれて居るんだろう。「○○の○番!」と受け付けに呼ばれた人が席から立ち上がってカウンターに行き、要件を済ませてる。


 つまり一番右が整理券を配ってる発券機であり、それ以外が業務別のカウンターなのだろう。役所みたいだ。と言うか時代が時代なのに随分とシステマチックな場所である。


 カウンター以外の場所は丸テーブルと背もたれの無い丸椅子が並んでる酒場風のスペースで、入口から向かって左側には酒や食べ物を出してる受付とは別のカウンターがあった。


 要件を伝えたら案内してくれるって言うなら是非もない。俺はポロの手を引いて右のカウンターに行く。黒髪のおカッパが似合うお姉さんが笑いかけてくれた。


「ようこそ冒険者組合へ。ご要件をお伺いします」


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