玖
「つい、余計なことを言いそうになっちまった。遺伝的なものってなると、うっかり熱くなっちまう」
「そりゃあ、わたしだって思うところはあるのだから、あなたは尚更でしょう」
「止めてくれて助かった。初対面の患者に、愚痴を垂れちまうところだったよ。でもまあ、とりあえずは信用してくれたみたいだから、よかった。この手の仕事は、若さが不利になるね。しかし、母親って、子供のためとなると、一所懸命になれるもんなんだな。そりゃあ、さんざん腹を痛めて産むんだから、愛着も強くなるか。おれたちの母親は、さぞ大変だったろう。一度に二人も産んだんだから。命取りに遭うのも、やむ無しか」
「ねえ、今、喋らないといけないことなの」
「ああ、わるい、わるい」
シンとした夜の帳。薄明かりのなか、もぞり、もぞりと、白い羽毛布団がうごめいている。こんもりと丸い小山の内側から、男と女の会話が漏れる。同時に、水っぽい、しめった、糸引くようにぬめる、いかがわしい音も。
「おまえの子宮は、すぐに下りてくる」
「ほかの子宮なんて、知らないくせに」
「そうだけれど、そういう意味じゃないよ。おまえは口でツンケンするから、体の反応のほうが素直で、わかりやすい」
「そういうことを言って、わたしを辱めたいの」
「だって、ほら。ここに注ぎ込んでくれ、ってことだろう。こんなに下りてこなくても、届くのに。必死で、かわいいじゃないか。正直に欲しがってくれたほうが、おれも気分がいい」
「アァ、そんな、押し上げないでよ。苦しい」
「浅くて、もの足りない。もっと奥行きをつくってくれ。もう二寸くらい」
「無茶言わないで。ヤダ、苦しいってば」
「おまえが、子宮を押し付けてくるからだよ」
「ンゥ。そんなこと言ったって、どうしようもない」
「ホラ、どうしようもないんだろう。体は勝手だね。暑くなってきた」
「布団、剥いだらいいじゃない」
「被ってないと、落ち着かないんだよ。癖だな、子供の頃からの」
額ににじむ汗を、手の甲で拭って、男は腰を、女の股の間に押し付ける。狭く浅い穴に、ミッチリと嵌まり込んだものを、とめどなくあふれる、どちらのものかもわからぬ体液のぬめりをからめて、すりつける。
「この、奥の小さい口のなかに、全部注ぐ方法って、ないのかな」
「そんなこと、やったって意味がないでしょう」
「そりゃあね、一滴でも入れば用は足りるだろうけれど。面白いかな、って」
「ハァ。長い浣腸器でも、使ってみればいいんじゃないの」
「おまえ、冴えてるな」
「まさか、本気で試すつもりじゃないでしょうね」
「どうかなぁ」
そんな、閨事に関してはいても、さほどふさわしくはないことを言いながら、よく似た顔立ちをした男女は、互いの肉体の違いを、その体でたしかめ合う。
幼いころの、好奇心が赴くまま。遊びで触れ合っていた先に、見つけ、たどり着いてしまった場所。違いを交ぜ合せることで得られる、心地よさを発見したのは、いつだったか。先に誘ったのは、どちらだったか。先に溺れたのは、どちらだったか。
「昔は、口も正直だったな、おまえ。おかげで、随分と勉強になったけれど。おまえも、男の体についてよく学べたろう。いつ頃からだろうな、あまり、どうだか言ってくれなくなったのは」
「覚えてない」
「勉強がてらの好奇心で始めたことなんだから、教えてほしいんだけれどな」
女は体を揺すられながら、グッと口を噤んでしまった。苦い薬を飲み込めなかったときのような顔をして、潤んだ黒い瞳を、目蓋の裏に隠してしまう。
男は動くのをやめて、女の顔をジッと眺めた。そうして、なにごとかに気づいた様子で、女の胸の真ン中、心臓の上に手のひらを置いた。速く、強い鼓動が胸骨を打ち、トクトクと手に触れる。
女は薄く眼をひらいた。胸の上に置かれた男の手を、ぼんやりと見つめる。
「ねえ、ちゃんと愛してるよ、おれだって。好奇心も、そりゃあ、あるけれど。でも、それだけなら、おまえだけを選びはしないんだからさ。それは、分かってくれるだろう」
「ンゥ」
女の体が、ギュッと縮こまろうとした。彼女の芯の部分が歓喜し、男の言葉に応えたがる。だが、それはやはり彼女の言葉ではなく、体で示された。両の眦を、一筋の涙が伝い落ち、男の体の一部を包み込んでいた部分が、よりきつく、彼を繋ぎ止めようとする。
「ア、ゥ」
「いいよ。ホラ、抱きついてごらん」
男は上体を女の上に重ねる。背中に回る腕と、腰を挟み込む脚。いずれも、柔い。形もかたさも、まるで違う胸をつけ合わせれば、心音と心音が絡まり、とけ合う。
「子供の頃は、下しか違わなかったのにな。今じゃあ、体中似つかなくなっちまった。ときどき、すごく奇妙な気分になるよ」
低い声で囁きながら、男は女の耳を
女の喉は、反り返って、甘露の雫のような、か細く高い音を鳴らす。それは、二人きりのとき。こうして繋がり、とけ合い、互いの境界を見失うほどに交ざりあったとき。唯一、今重なりあっている男にのみ聴かせる、
「かわいいね、サラ。おまえは、ずっと、かわいいままだ」
「ア、アァ、キラ」
「いいよ。先にいきな」
男の背に回った細腕に、力が入る。男の腰を挟んだ柔い脚がこわばり、指先はグッと開いて、わずかばかりの間、動きが止まる。
そうして、低い振動をまといつつも、ことさら高い声で、女は叫んだ。それは、襖や壁を抜け、草木の寝静まる庭へまで快楽を訴える。この広大な屋敷に、生きた人間は二人きり。であるからこそ、男にも示して聴かせることのできる、この女なりの、悦びの発露。
日常における
男は一瞬、喉を締められたように唸り、腰から背骨に駆け昇っていく雷撃のようなものに、身を竦ませ、震えた。より深くまで、女の中に埋まり込み、種を撒き散らす。
止まっていた息を吹き返した男は、同時に吹き出した汗と、倦怠感に呆然とする。未だうねる女の中を、しみじみと感じ取りながら、荒い呼吸を繰り返し、体の血流が常の状態に戻っていく一連のようすを、ただ観察する。
力を失った腕を布団の上に放り出し、柔く膨らんだ乳房を震わせながら、か細く喘ぐ女。その姿を、男は見下ろす。
白くなだらかな頬を、スルリと撫ぜて、男は目的を果たして萎えたものを、女の中から抜き取った。濡れに濡れた互いの陰部を眺めながら、下に敷いていた襦袢で、汗を拭い、陰部を拭う。布の粘ついた部分を畳んで隠し、今度は女の体を拭う。汚れた布を放り投げ、男は女の隣へ、急に脱力したように倒れ込んだ。
未だ快楽の余韻に浸っているようすの女の横顔を、しばらく眺めて、華奢な体を抱き寄せ、男は目を閉じた。
果たして、何度繰り返してきたであろうか。互いに成熟したはずの肉体で、土を耕し、種を蒔く。しかし、未だ芽吹かない。ただの一度たりとも。
此度も、そうであろうか。だが、もしかすれば、此度こそは。
二人ともが、同じ目的と希望を抱いている。その動機にこそ、違いはあれど。
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