第61話


 花音の親戚が集まる場所は祖父母の家である。

 市内ではあるが、市内から見れば田舎に近い場所である。

 築五十年以上は超える木造の家であった。

 広い駐車場には何台か車が止まっており、中からは人の声が飛び交っていた。


「どうやらもう皆集まっているようね。私たちが最後かも」


「手土産買ってこなかったけど、本当に良かったのかな?」


「もう気にし過ぎ。そこまで気を使わなくてもいいから。自然に行こう」


 そう言われましても余所者の俺からしたら緊張しかなかった。

 既に出来上がった輪の中に入るのは躊躇してしまう。

 常連客のみが入っている女将がいる小料理屋に新規入店するくらい勇気のいるものである。


「ただいま! それと明けましておめでとうございます」


 お邪魔しますではなくただいまというのが既に馴染んでいる感じがした。


「おや、花音ちゃんじゃないかい」


「え? 花音ちゃん? 帰ったのかい」


「いやーしばらく見ないうちにべっぴんさんになって」


 花音を見るなりゾロゾロと親戚一同は花音に集まる。


「おや、そちらの方は誰かな?」


 俺の方を見るなり親戚一同からの圧を感じた。


「あぁ、その人は私の彼氏。今日は皆に紹介しようと思って連れてきたの」


「えっと。立川怜と申します。花音さんとお付き合いをさせてもらっています。本日はよ、よろしくおなしゃます」


 噛んだ。

 数秒の沈黙がなんとも言えない気持ちになった。


「花音ちゃんの彼氏? ほぉ、へー」


「ついに花音ちゃんにも彼氏か」


「好青年で良さそうな人じゃない」


 受け入れて……くれたのか?


「実は付き合っているのは三年くらい前だったりして」


 花音の発言に親戚一同は再び沈黙。

 そう言えば親戚には彼氏がいること自体言ってないようだ。


「まぁ、まぁ、詳しい話は向こうで聞こう。おせちいっぱいあるから食べて食べて」


 第広間に連れてかれて長テーブルの上にはズラリと食べ物が並んでいた。


「立川くん。お酒は飲めるかい?」


「えっと……じゃ、一杯だけ」


 断ったら機嫌を損ねてしまうことを嫌った。


「花音ちゃんにも彼氏か。いやーめでたいなぁ」


 親戚一同はご機嫌だったが、その奥でしかめっ面でこちらを睨む人がいた。

 あの人は確か花音の母親だ。

 数年前に一度、顔を合わせたことがあったが、その時とあまり変わらない。

 花音に似て美人お母さんだが、その性格や言動が行き過ぎたこともあることを花音から聞いている。

 俺、あの人に嫌われているのだろうか。


「お母さん。前に会ったことあるでしょ。彼氏の立川くん」


 花音は前触れもなく自分の母親に俺を紹介した。


「立川くん。今は何をなされているの?」


「えっと、工場勤務の正社員をしながら小説家をしております」


「そう。今後も花音のことをよろしくね」


「は、はい!」


 母親の表情が和んだ。

 どうやら嫌われている訳ではなさそうだ。

 この数年で母親にも変化があったのだろう。

 飲み食いしながら親戚一同に馴染め出した頃である。


「あれ? そう言えば明日香ちゃんはいないの?」


 花音が聞くと親戚の一人が答えた。


「明日香なら二階にいるんじゃないか? 寝ているんじゃないの?」


「そう。じゃ、挨拶してくるよ。たっちーも来て」


「お、おう」


 花音に呼ばれて俺は席を立つ。

 階段を登り、二階へ進む。キシキシとして底が抜けそうで心配だった。


「おーい! 明日香ちゃん。いるの? 花音ちゃんだぞー」


 彼女がいると思われる部屋にノックをするが返事がない。

 本当に寝ているのだろうか。

 花音は扉を開けた。

 部屋の中央には寝ている人物が一人。

 だが、その姿は俺が見てはいけないものだと錯覚して目線を逸らした。

 そう、服を着ていないのだ。


「明日香ちゃん。またかよ。おーい。起きて明日香ちゃん」


 またって何? 日常的なのか。


「んん。何? あれ、花音ちゃん?」


「いいから服を着なさい」


 白い肌に透き通った黒髪ショートの彼女との出会いは裸だった。


「え? 男? 誰?」


 素早く服を着た明日香はギョッと俺を直視した。


「私の彼氏の立川怜くん。そしてこの子は私の従姉妹の渡明日香わたりあすかちゃん」


「現役高校二年生の明日香でーす! 立川さん。お会いできて光栄です」


 事情を知っているかのように明日香は口元が笑った。

 ひょっとして花音が言っていたクセの強い親戚とは彼女のことだろうか。

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