第60話


 元旦の朝。少し遅めの起床で目覚めた俺はハッとなり、飛び起きた。


「あぁ、おはよう。たっちー」


 丁度、歯を磨いていた花音はモゴモゴとしながら洗面所から顔を覗かせた。


「お、おはよう。あれ? 今、何時?」


「十時を回った頃かな」


「そっか。そんなに寝ていたんだ」


「まぁ、昨日は寝たのが遅かったからね。まだ寝ていてもいいと思うけど」


「いや、起きる。花音はもう出るのか?」


「十二時くらいに行く予定だからもうちょっとしたら出るかも」


「そ、そっか」


 後、少しで花音とまたしばらく会えなくなる。

 そう思った瞬間、急に胸が苦しくなった。


「えっと、朝ご飯食べる?」


「辞めておく。これからたくさん食べることになるから少しでもお腹減らさないと」


「そ、そうだよね」


 思いつきで言ったが、花音にとって迷惑だったようだ。

 結局、この少ない隙間時間はどうすることもできない。

 ただ、刻々と花音との別れを待つだけだ。


「せめてコーヒー入れるよ。それともココアの方がいいかな?」


「ありがとう。私は朝、コーヒー派かな。ブラックで」


 コーヒーを花音に差し出し、一服する。


「美味しいね。このコーヒー」


「そうかな。市販のやつだけど」


「たっちーが入れてくれたからかな」


 いちいち可愛い。これが無償の愛というやつだろうか。

 この瞬間がいつまでも続けばいいと思うが、そうもいかない。

 少しずつ花音との別れの時間は迫っているのだ。

 この時間を無駄にしないために今、俺にできることはなんだろうか。

 愛している? 大好きだよ?

 いや、焦ってこんなことを言えば気持ち悪いだろう。

 でも今を逃したら次はいつ言える? 半年後? 一年後?


「ねぇ、たっちー。さっきから俯いて何か悩み事?」


「え? いや、別に。ゲホゲホ」


 一気にコーヒーを飲み込んだらむせてしまった。


「だ、大丈夫? ティッシュ」


「ご、ごめん」


 ダメだ。動揺が隠せない。会えなくなるって考えると余計に動揺してしまう。

 あー情けない。行かないでほしいと言いたいけど言えない。

 そんな悩みを抱えながら根絶していると花音は聞いた。


「ねぇ、たっちー。今日って何か予定あったりした?」


「いや、特別な予定はないよ。小説の続きを書こうとしていたけど、思い浮かばなくて結局、何もしない一日になると思う」


「そっか。じゃ……さ。もし迷惑じゃなかったらだけど、今から私と一緒に親戚の集まりに来る?」


「花音の親戚の集まりに俺が?」


「うん。まだ親戚には彼氏が出来たって言えていないんだよね。だからこの機会に一緒にどうかなって思ったんだけど」


 親戚の集まりに俺を誘うということはそれだけ信用させているってことだ。

 花音にとって紹介できる彼氏って意味に捉えていいのだ。


「ごめん。人見知りのたっちーには迷惑だったかな?」


「いや、全然。むしろ喜んで行くよ。てか、行きたい」


「本当? 絶対断られると思っていた」


「俺、そんな風に思われていたの?」


「えへへ。でも良かった。じゃ、支度していこうか」


「えっと、背広着た方がいいかな?」


「何で? 普通でいいよ」


「普通ってどんな?」


「普通は普通。あーもう、私が選んであげる。クローゼット見るよ」


 花音が俺の服装を選んでくれた。

 結局、休日に着るいつもの普段着だった。


「よし。じゃ、行こうか」


 ニコリと花音は笑った。

 俺はもう少しだけ花音と長く過ごせることが嬉しかった。

 本来、ここでバイバイが延期された。それが回避されただけでもよしとしよう。

 そう言えば、花音と付き合って数年になるが、俺は未だ花音の家族や親戚とは一切会ったことがない。

 この機会は結果的に良かったかもしれない。


「あ、そうだ。行く前に一つ言っておくけど、一人。クセの強い親戚がいるから覚悟しておいてね」


「クセの強い親戚?」


「私の従姉妹なんだけど、これがまぁ変わり者でね。色々振り回されると思う。まぁ、会ってみれば分かるよ」


 不安を一つ残しつつ、花音の親戚の家に向かった。

 ここで待ち受ける騒動に俺は頭を悩ませることになるとは今はまだ知らない。

 

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