第59話


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 全力で走ってなんとか公園の駐車場付近まで来ていた。

 こんなに息を切らすまで走ったのはいつぶりだろうか。


「花音。大丈夫か?」


「…………うん」


 花音も十分息を切らしているが、反応がどうも遅い。

 と、言うよりも花音は見てはいけないものを見てしまったのだ。

 その影響があったら大変だ。


「花音?」


「ん?」


「本当になんともないのか?」


「別に何もないよ」


「……さっき何を見たんだ?」


「知りたい?」


「いや……その……」


「帰ろうか。もう年明けちゃったし」


「そうだね」


 それから横に並んで歩く。

 気になる。でもその一方で知りたくないと言うのもまたある。

 一体何を見たのだろうか。花音は急に感情がなくなったみたいに呆然としている。


「一つだけ言えるとしたら悪いものじゃなかった」


「え?」


「幽霊。見たよ、私」


「やっぱりあれは幽霊だったのか」


「幽霊って言っても人を陥れるタイプのものじゃなかった。言って見れば孤独」


「孤独?」


「自分が死んだことに気づかず誰かを探していた。恐らく恋人だろうね。私に助けを求めていた。会いたい。彼に会いたいって。でもそれは叶わない」


「あのままあの場所に居たらどうなっていたんだ?」


「さぁ。少なくともたっちーは見なくて正解。だってあの幽霊、ちょっと怖かった」


「お前、呪われていない……よな?」


「それは大丈夫だよ。多分」


 本当に大丈夫だろうか。今は大丈夫であることを信じるしかない。

 もし俺が幽霊を見たらトラウマ級だ。平然でいることができないくらいに。


「明日……いや、もう今日だったね。今日の昼から親戚が集まって新年の挨拶をするんだよね。うちでは恒例行事の一つだよ。どんなに忙しくても元旦の日は必ず集まるようにってうるさいんだよ。だからその集まりだけはどうしても参加しなくちゃいけないの」


「そ、そうなんだ。親戚で集まるっていいと思うよ。うちではそんなこと一切ないし」


「そうでもないよ。周りと比べられるし、受験は大丈夫なのかとか、就職先は大丈夫なのかとか親以上に言われるから嫌になっちゃう。その集まりを済ませたら次の日には帰る予定。また忙しい生活に逆戻りだ」


「そっか。大変だね」


 忘れていた。

 このまま帰ったら次はいつ花音に会えるのか分からない。少なくとも春休みかゴールデンウイークまで会えないことになる。いや、下手をしたらもっと先になる。花音は会う暇もないくらい多忙なのだ。


「寂しくなるね。大丈夫そ?」


「うーん。微妙かな」


「今夜、泊めてよ。朝まで。いや、昼までは時間あるしさ。それまではたっちーと一緒に居たいかな」


「も、勿論」


「ありがとう。ちなみに今の体調は?」


「別に普通だけど」


「眠い?」


「いや、走ったから目が冴えているかな」


「同じく。お腹も空いたね」


「そういえば、そうだね」


「何か食べて帰ろうか。この辺、ラーメン屋あったかな?」


「この時間にラーメンを食べるつもりか?」


「この時間といえばラーメンが定番でしょ。でも健康を考えると違うかもだけど、たまにはいいんじゃない?」


「まぁ、そうかも。この先に美味しいラーメン屋があるよ」


「本当? じゃ、行こうか。不健康に乾杯!」


「なんだよ、それ」


 こうして花音と共に深夜のラーメンを食べた。

 時間のせいもあるが、いつもより美味しく感じた。




 そして俺の家に花音を上げてシャワーを浴びて同じ布団に入る。


「する?」と花音は耳元で囁いた。


「い、いいのか?」


「したらぐっすり眠れるかも」


「じゃ、失礼します」


「失礼されます」


 数時間前にしたばかりだが、初回と同じような感覚で激しく興奮が止まらなかった。

 最後は二人とも疲れ果てて気絶するように眠ってしまった。

 それは心地いいものであって心が温かく幸せな気分であった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る