第58話


 花音の興味は良からぬ方へ進もうとしており、近くにいるカップルに突撃しようとしていた。


「あのーすみません。さっきここにいたカップルなんですけど、何か揉め事がありませんでしたか?」


 花音に聞かれたカップルはポカーンとして二人は見合わせた。


「カップル? いや、ここにいる人たち以外は君たちだけだよ。揉め事は見ていないけど」


「え? 女の人が一人で下山して男の人が一人ここで取り残されませんでしたか?」


「どうだろう? そういうものも見ていないよ。ねぇ?」


 と、彼氏は彼女にも確認する。彼女は頷いていた。


「おかしいなぁ。そんなはずはないのに」


 難しい顔をする花音に俺は引っ張った。


「ありがとうございました。失礼します」


「ちょっと。たっちー。まだ聞き込みの最中なのに」


「お前は探偵か。しがない女子大生が他人のデートを邪魔しないの」


「ぶー」と花音は頬を膨らます。

 そんな可愛い顔をしてもダメなものはダメだ。


「結局、他人より自分たちの時間で周りが見えていないってことか。視野が狭いなぁ」


「それは多分、違うと思うけど」


「何が違うのよ」


「いや、だから……」


 花音は幽霊ということに辿り着けていない。信じていないからこそその答えに辿り着かないかもしれない。

 そんな幽霊が出るところ早く帰りたい。


「おっ! たっちー。はいって言ったらジャンプしてね」


「え?」


「十秒前……五……四……三……二……一……はいっ!」


 謎のカウントダウンと共に花音と俺はその場でジャンプをする。


「ハッピーニューイヤー!」


 テンション高めで花音は叫ぶ!


 時刻を見ると零時を回っていた。そう、たった今新年を迎えたのだ。


「あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します」


「あ、あけましておめでとうございます。こちらこそ今年もよろしくお願いします」


「年越しの瞬間にジャンプって……子供かよ」


「したことなかったからやってみたかったの。たっちーとすることで特別感あるし」


 こういうお茶目なところは花音らしい。




 いつの間にか、頂上には俺たちだけしかいない。

 皆、下山してしまったようだ。


「ちょっと冷えてきたね。私たちもそろそろ降りようか」


「賛成」


 再び、スマホのライトを照らして暗闇の道を歩く。

 転ばないようにしっかりと花音の手を握った。


「結局、女の人の謎は分からないままだったね」


「まだそんなこと考えているのかよ」


「だって気になるもん」


「忘れてくれ。俺は考えたくない」


「何よ、それ。冷たいな」


「いや、だからあれは……」


 急に強い風が吹いた。いや、それだけではない。何かとてつもない圧を感じる。それは段々と強まっていく。それは背後で感じた。

 振り向かなくても分かる。後ろに何かがいる。


「花音。絶対に後ろを振り向くな」


「たっちー。何を言って……」


 花音が振り向こうとしたが、俺は静止した。


「分からないのか? いるんだよ。後ろに」


 俺は小声でそういうと花音は首を傾げた。

 まるで何のことか分かっていない。花音には霊感というものが皆無らしい。

 だからこれほど接近していても普通の人以上に鈍っているかもしれない。

 俺には霊感はないが、普通の感覚は持っている。

 振り返ったら冥界に連れて行かれそうな感覚があった。

 走って逃げ出したいところだが、こんな暗闇の中、走ったら転びそうだ。

ここは何も無かったように静かに立ち去ろう。


「花音。ゆっくりだ。振り返らずに静かに歩いて進もう」


 花音の手を握ったまま、その場から離れようと徐々に前に進む。

 月の光が照らされているところまで行けば一気に走って逃げようと考えていた。そういえば花音はずっと無言のままだ。恐怖で声が出ないのか。

 いや、だとしたら身体の震えが俺に伝わるはずだが、花音の手はしっかりとしている。


「花音、大丈夫か? 月光が見えたら一気に走り抜けよう。準備はいいか?」


 小声で声を掛けるが、花音からの返答はない。


「花音?」


 俺は花音の顔を見るため、足元から見上げた。

 すると花音はあろうことか後ろを振り向いていたのだ。

 そう、ガッツリと後ろを直視していた。


「………………あっ! バカ。見るなって言ったのに!」


 俺は花音の手を握ったまま全速力で下山した。走っている間は無我夢中だった。とにかく生きてここから立ち去りたい。その思いだけだった。


⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

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