第55話
僅かな時間で大金を手にした花音はご満悦である。
「私って意外とこういう才能があるかもしれないね」
「そうだな。ギャンブラーにでもなってみれば?」
冗談ぽく俺がそう言うと花音は少し不服そうに睨んだ。
「私、そういう博打で生活する人嫌なんだよね。その場しのぎって言うか将来性が微塵も感じない」
「そ、そうだね。うん、そう言うのはダメだよね」
少しマジになった花音に俺は一歩離れる形を取る。
「まぁ、お小遣い範囲で遊ぶくらいなら全然ありだと思う。勿論、熱くなって見境なく大金を注ぎ込むのは論外だけどね」
ニカリと花音は笑った。
そして花音は万札を俺に差し出す。
「はい?」
「たっちーの負けた分。あげる」
「いや、いや、いや。いいよ。それは花音が稼いだ分だろ」
「でもやろうって誘ったのは私だし、予想外の出費になったでしょ? 私はプラマイゼロなら問題ないからさ」
「俺の分はいいから。それは花音が好きなものに使ってくれよ」
花音は万札を差し出したまま一時停止した。
何を考えているのか分からない顔をしている。それでもその顔は可愛い。
「分かった。じゃ、せめてジュースくらいは奢らせて」
「あ、うん。ありがとう」
パチンコ店の前の自販機でジュースを選ぶ。
俺はつぶつぶコーンを選んだ。
「私、それ飲んだことないなぁ。美味しいの?」
「うん。あったら好んで選ぶかな」
「へー。一口頂戴!」
「どうぞ」
「ありがとう。私のホットココアもどうぞ」
「ありがとう。頂くよ」
お互い一口ずつ交換してホッと息をついた。
何でもないひと時なのに花音といるだけでパッと明るくなるのが不思議だった。
「花音、この後は……」
「あれ? もしかして立川くん?」
不意に俺は横から声を掛けられて振り向く。
そこには嬉野悠里の姿があった。
「う、嬉野」
「やっぱり。偶然だね。ここにいるってことはパチンコを打ちに来たの?」
「いや、まぁたまたまな。普段は全然打たないけど」
「へぇ、そっか」
嬉野はチラリと花音を見る。
「もしかして例の」
「彼女だよ」
「やっぱり? 話に聞いていた通り、可愛い子だね」
「うん。じ、自慢の彼女だよ」
「初めまして。私、嬉野悠里って言います。立川くんとは職場の同期で仲良くさせてもらっています」
「栗見花音です。専門学生です。いつも彼氏がお世話になっています」
「かのんちゃんだね。名前も可愛い。立川くんは職場では真面目なんだけど、どうも人付き合いが苦手なところがあって私がいつもフォローしてあげているんだよ」
「そ、そうなんですか」
「おい。嬉野。余計なことは言うな」
「後、職場で一つ大きなことをやらかしたことがあって……」
俺は危険を察し、慌てて嬉野の口を塞いだ。
「何でもないから。こいつたまに冗談がキツイところがあってさ。ほんと困っちゃうんだよな。花音、悪い。少し待っていて。ちょっとこいつに仕事のことで話さないといけないから」
「あ、分かった」
花音を置いて俺は嬉野を連れ出す。
パチンコ店の裏路地で嬉野に言った。
「あんまり余計なことは言わないでくれ。花音に心配掛けたくないんだ」
「ごめん、ごめん。彼女さんを前にしたら話したくなっちゃって」
数ヶ月前に俺の操作ミスで数百万円の機械を壊したことがあった。
上司から大目玉を喰らい、反省文を書かされたくらいで特に減給など重い処分はされなかったが、入社して初めてした大きな失態だ。
勿論、この経験から反省して同じような過ちをしないように業務に取り組んでいる。俺の中では最早終わった話なのだ。
「それよりも今日は会えたんだね」
「まぁ、大晦日だから」
「そっか。久しぶりに会えたのにパチンコ屋は無いんじゃないの?」
「向こうから誘われたの」
「それは意外だ。もしかして隠れギャンブラー?」
「花音はそんな奴じゃない。人生経験として取り入れてみない? いうノリだよ。お前こそ大晦日にパチンコ屋に来てんじゃねぇよ」
「私は連れの誘いで仕方なく来ただけだよ。私だけ飽きて外に出て来ちゃっただけ」
「そう言うことか。もしかして工業の?」
「当たり。今日は年明けまで遊ぼうって男四人連れています」
「はは、それは結構なことで」
逆ハーレムかよと思うが、こいつは女というか男っぽいから男の中で溶け込んでいるのだろうと感じた。
「せっかくのデートなのに邪魔しちゃってごめんね」
「別にいいよ。じゃ、彼女待たせているからこの辺で」
「あ、立川くん」
「何だよ」
「今日、ヤレるといいね。ファイト!」
「……あぁ、うん。ありがとう」
もう事後だけどな、と思いつつ俺は嬉野と別れた。
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