第53話
「地元の友達が思い悩んでいるようで心配で会いに行っていたら遅くなっちゃった。自殺するって興奮していたから切り上げようにも切り上げられなくてこんな時間になってしまいました。本当に面目ない」
淡々と花音は遅れた理由を言う。
「良かった。会えて」
俺は花音に会えたことで思わず抱き寄せていた。
「ちょ! 何?」
「こうさせてくれよ」
「仕方がないな」
花音は抱き寄せられながらも俺の頭を撫でた。
花音だ。久しぶりに感じる花音の温もりが嬉しかった。
「花音。髪伸びたか?」
「あぁ、うん。最近切る時間がなくてね。変かな?」
花音は以前のボブカットではなくなっており、ロングのストレートになっていた。
「俺は髪が短い花音も長い花音も好きだよ」
「ありがとう。結局は似合っているか似合っていないかで教えてほしいかな」
「どっちも似合っていると思うけど」
「それが一番困る。それより中に入れてくれる? 外寒いし」
「あぁ、悪い。上がってくれ」
「お邪魔します」
この部屋に花音を入れるのは久しぶりだ。
あの時とはスッカリ変わって大人になった花音はまた違いを感じる。
「ココアでいいかな?」
「うん。ありがとう」
花音は落ち着きがないのか、俺の部屋を見渡して座ろうとしない。
「最近、どう? 実習だっけ?」
花音は俺に向き合った。
「普通かな? 勿論、嫌なかとも良いこともあるけど、仲間と一緒に苦難を乗り越えられる環境だから。一歩ずつ夢に近づいているって感じがまた活力を生み出せるんだよね。だから今の生活は本当に貴重で楽しい」
花音は今の生活に満足している様子だった。
俺はどうだ? 花音と離れた生活の中で満足しているか?
毎日同じことの繰り返し。尚且つ兼業作家として知名度もまだまだ乏しい。
満足できるといえるだろうか?
「たっちーはどう? 私より早く仕事しているから社会人の先輩として聞かせてほしいな」
「社会人なんてロクなものじゃないよ。毎日同じことの繰り返しで責任だけがのし掛かる。楽しさを求める場所としては間違っている環境さ。俺は花音が羨ましい」
「羨ましい? それは私がまだ学生だから? それとも私の楽しさを求めているように聞こえたから?」
「あ、いや。そう言うつもりじゃないんだ。ただ、花音は俺がいない生活でも楽しそうだから俺がいなくても良いのかなって」
ふと、そんなことを言ってしまうと花音は悟ったように目を見開いた。
「なるほど。遠距離恋愛を許可してくれたとはいえ、そろそろ限界というわけだね。勿論、口では言えても実際は寂しいもの。だから変なことまで考えちゃう。連絡もまともに取れなかったら尚更。そう言いたいんだよね? たっちーは」
俺は答えなかった。俺の気持ちは花音に透かされている。
「私も同じだよ。遠距離恋愛は私だって抵抗ある。でも仕方がない環境だってあるのも事実。だからそれを乗り越えるためには今を頑張るしかないんだよ。目の前の課題をやりきってその先にある幸福のために生きている。今が楽しくなければその先にある未来はない。私が楽しそうにしているのは何もたっちーがいないからじゃない。その逆。私はたっちーとの楽しい生活を思い描きながら今を楽しく生きている。だけどたっちーはどう? 今が楽しくないんだよね? このままだと楽しい未来はない。だったらどうすればいいか。簡単なことだよ。今を楽しもうよ。その先にある私との楽しい生活のために」
花音の必死な訴えに俺は自分が間違っていることに気付かされる。
俺は楽しくないあまり自分が腐っていた。間違っていた。
「花音……俺……」
「電話の声で色々察したよ。たっちーは情緒不安定だって。ここは人肌脱がなきゃって思って今日は会いに来たんだよ」
そう言って花音は服を脱ぎ出した。
「あの、人肌脱ぐってそのままの意味ですか?」
「ん? 違った? でも半年分くらい性欲溜まっているんでしょ?」
「それはまぁ、そうなんだけど。変な空気のままでいいのかなって」
「話したいことは山々だと思うけど、まずは身体で語り合いましょうか。今日は身体のコンディションは万全にしてあるから思いっきり発散できるよ。まさか彼女を家まで入れて何もしないって選択肢はないよね?」
「は、はい。勿論、ございません」
そうだ。花音とのスキンシップはまずここから始まる。
難しいことは身体で語り合えばいい。それは付き合う前からずっとそうして来たではないか。
日頃の不安やストレスなど溜まりに溜まったものを吐き出すように俺と花音は身体で語り合った。
今年最後の日で今年一番盛り上がった日になった。
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