第51話


 嬉野の質問は続く。


「会えていないってことはもしかして遠距離とか?」


「まぁ、向こうは実家を出て一人暮らしをしているから遠距離といえば遠距離になるかな? 会えていない理由はそれだけじゃないけど」


「と、言うと?」


「まぁ、単純に忙しいってことだよ」


「ふーん。立川くんの彼女って何をしている人なの?」


「学生だよ。医学部で実習ばかり。忙しい毎日を送っているよ」


「医学部? へぇ、医師免許取るつもりなんだ。凄いね。同い年?」


「そうだよ。今、二年生だから卒業まで四年掛かる。会えていないって言うのはそう言うことだよ」


「次元が違うね。こう言っては失礼かもしれないけど、立川くんは高望みしすぎた彼女だよ。工場勤務の男と医者志望の女って釣り合わなくない?」


 普通に失礼な発言だが、実際そうなので言い返せない。

 確かに俺が付き合う相手としては高望みしていると思う。


「それでもいいんだ。お互いそれで納得しているんだし」


「第一、環境が一緒なら分かるけど、全く別の環境で生活をしている訳だよね? 向こうだって今の環境を続けていれば同じ境遇の人との付き合いもあるだろうし、遠距離なら尚更手出しできないだろうに別の誰かを好きになることもある。だけど、切り出せずにズルズルと今になって別れを切り出せずになる可能性だって……」


「花音はそんな奴じゃない!」


 ドンと俺はテーブルの上を叩きつけていた。

 その衝撃に周囲にいた客は俺の方に目を向ける。

 我に返った俺は身を小さくした。


「ぐっ。怒鳴って悪い」


「いや、こっちこそごめん。何も知らないのに勝手なことを口走って。ほんと、面目無い」


 嬉野も言い過ぎたと謝罪した。


「私がそうだったからさ。立川くんにはそんな思いさせたくないなって思ったんだ」


「え?」


「私も昔、遠距離恋愛をしていたの。ネットのコミュニティーで知り合った人なんだけど、話しているうちに好きになって付き合った。でも、なかなか会えていないことをいいことに相手は私の他に彼女がいた。しかも同棲していたんだよ。私はただの浮気相手にして見ていなかったようで事実を知った時はショックだったな」


 嬉野は天井を見上げて言った。


 そもそも彼氏がいたのかと失礼なことを思ったが、嬉野だって男に見えるが、実際は女の子だ。交際経験があっても不思議ではない。


「そっか。そんなことが」


「まぁ、今となってはいい思い出だよ。今後のためにもなったし、今は気楽にフリーを楽しもうって思っている」


 花音は今、何をしているだろうか。遅くまで実習や勉強で忙しいかもしれない。忙しいと分かっているなら尚更、こちらから連絡し辛いものだった。


「どうした? ボーッとしちゃって」


「あ、いや。彼女今何しているのかって考えちゃって」


「花音ちゃんだっけ? 写真とかないの?」


「写真か。最近撮っていないから」


「最近じゃなくても昔のでもいいから」


「まぁ、それだったらあるけど」


 俺はスマホのピクチャーフォルダから昔撮ったツーショット写真を表示させて嬉野に見せた。


「へー。ボーイッシュで可愛い顔しているね。制服着ているってことは三年くらい前? え? そんな前から付き合っているんだ」


「これは交際する前の写真だよ。これ以外、二人で撮ったまともな写真は無いかな」


「ふーん。なんか、うん」


 嬉野は何か捻った言葉を言おうとしたが、うまく出てこなかった。


「制服も違うから別の学校の子だよね? どうやって知り合ってどうやって付き合ったの?」


「そ、それはその……」


 正直に言える内容ではなかった。肉体関係から始まった恋なんて普通の人が聞いたら引いてしまうのでは無いだろうかと自問した。


「まぁ、そこは突っ込まないであげるよ。立川くんは純粋な恋をしてきたってことはなんとなく察せたから」


「その通りだよ。俺は彼女一筋だから」


 一通り満腹になった頃だった。嬉野は荷物をまとめ始めた。


「そろそろ店出ようか」


「そうだね」


 割り勘で会計を済ませて店を出る。


「今日は付き合ってくれてありがとう」


「こちらこそ。久しぶりに息抜き出来た気がするよ」


「立川くん。彼女のことで何か不満があったら言ってよ。いつでも相談に乗るからさ」


「ありがとう。その時は相談させてもらうよ」


「絶対だよ? それじゃまた職場で!」


 嬉野は手を振りながら帰っていく。


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