第46話 プラットホーム


「どうもお世話になりました」


「お世話になりました」


 俺と花音は管理人の車で駅まで送迎してもらった。


「こちらこそありがとう。また来てください」


「はい。是非」と花音は笑顔で言う。


「そういえば昨日の夜、騒がしいって報告があったんだけど何かトラブルでもあったかな?」


「いえ、何も」


 変わらず花音は笑顔のままだった。


「そうかい。それなら別にいいんだ。気をつけて帰ってね」


「はい。管理人さんのおかげで最高の旅行になりました。本当にありがとうございます」


「そうだ。一つ言い忘れていたよ。次来るは成人してからね。今回は内緒にしておくからさ」


 そう言い残して管理人のおじさんは車を走らせた。


「あの人、俺たちが未成年って気づいていたんだ」


「みたいだね。あの管理人さん良い人だよ」


「そうだな。でもどこで気づいたんだろう。気付かれるようなこと言っていなかったと思うけど」


「私が幼すぎたかな? それとも……」


「何?」


「いや、何でもない」


 花音はそう言って切符売り場に向かう。

 切符売り場で切符を買って無人の改札口を抜けてプラットホームにあるベンチに並んで座った。


「次の電車何時だっけ?」


「時間表見たら一時間後だったよ」


「い、一時間? 流石、田舎だな。それまでここで待たなきゃいけないのか」


「まぁ、適当に喋っていたら一時間なんてすぐだよ」


 花音は喋っていたらすぐと言いつつも無言のままスマホを弄っていた。

 一泊二日で疲労があるから仕方がないかもしれないが、無の時間がゆっくり流れる。プラットホームには俺たち以外乗客はいない。

 完全に二人だけの空間だった。

 花音はスマホを弄り倒して五分後、ようやく顔をあげた。


「親への定期報告をしないと旅行のことバレるんだよね。今のところ大丈夫だけどかなり疑っている。本当、勘弁してほしいよね」


「嘘で突き通すつもり?」


「まぁ、知らぬが仏って言うじゃない」


「まぁ、意味が違うと思うけど俺が共犯みたいで複雑だ」


「大丈夫。たっちーには迷惑かけないから。それに可愛い女の子と内緒で旅行するのって憧れるでしょ?」


「まぁ、そうだけど。そういうこと普通に言っちゃうんだ」


 日が昇り、少し蒸し暑くなるが、電車はまだ来る気配がない。

 座っていることに疲れたのか、花音は立ち上がってホーム内を軽くウォーキングした。そして俺の正面にピタリと立ち止まる。


「キャンプ。どうだった?」


「楽しかった。今までこう言うことしたことがなかったから今回、こうやって自然に触れ合えて良い経験になったよ」


「ふふ。私も。また来たいね。次はいつになるやら」


「いつでも。俺はいつでも良いからまた来よう」


 そう言うと花音はハッとした表情をして口元が笑った。


「そうだね。また来よう。でも来るとしてもずっと先になるかもね」


「どう言うこと?」


 すると花音は後ろを向いて山の方に目を向けた。


「一つ。言い忘れていたことがあった。いや、今回の旅行を楽しむためにあえて言わないようにしていただけかもしれない」


 低いトーンで花音は思い詰めたように言う。

 その言葉に俺は静かに花音から続きを待った。


「こうしてたっちーと遊べる時間は今回が最後かもしれない」


「最後?」


「うーん。最後は言い過ぎたかな。何年後……最低でも一年、いやそれ以上は無理だと思う」


「どうしてそんな?」


「昨日の夜、言ったよね? 私は将来のため医学部へ行って医者か看護師を目指したい。そのためには並以上の勉強が必要で私は並以下の頭脳しかない。だから本気で目指すなら今以上に勉強しないと私の未来はない」


「花音は出来るやつだろ。塾でも学校でも成績は上位なのに」


「それは死に物狂いでやっているから。でも少しでもギアを緩めると私は最低値まで落ちてしまう。天才と差を付けるためには努力が必要。私は天才の中でしがみ付いている凡人なんだよ。その凡人が天才と混ざるためには時間が足りないの。つまり楽しく旅行する時間なんてない。今日はね。私にとって学生時代の最後の思い出作りだったの」


 ピューと突風が吹き荒れて花音の髪がなびく。

 最後という言葉に俺は重く受け止めてしまう。

 花音との楽しい時間は刻々と終わりに近づいている。

 何も知らなかった俺はこの一分一秒がどれ程重要なのか理解していなかった。


「たっちー。私、考えたの。今が楽しいのと今後の自分の成長。どちらが大切か天秤に掛けたらどうなのかって。私は自分の成長を止めたくない。だから今より将来の方が大事。私の考えってどう思う?」と花音は寂しそうに言った。

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