第40話 実食


 日が落ちるまで残り数時間。それまでにするべきことがあった。


「花音。管理人室から今日の食材をもらってきたぞ」


「ありがとう。テーブルに置いておいて」


 トレイには肉、魚介、野菜など後は焼くだけの状態のものが並んでいた。

 だが、その前にしなくてはならないものがある。


「うーん」


「どうした?」


「事前調べはしたけど、うまいこといかなくてさ。火起こしってどうやるんだろう」


 花音は火起こしに頭を悩ませていた。


「俺、やろうか?」


「出来るの?」


「いや、思いつきでやろうかと」


「ダメダメ。そんな単純じゃないんだから」


「ちゃんとネットで調べるから。ここは任せてくれないか?」


「じゃ、任せた」


 バトンタッチとお互いの手のひらを重ねた。

 薪、並べ方、着火剤など全てのやり方を正しくやらないと火は付かない。

 俺は動画を見ながら一時停止をしつつ、火起こしの手順を踏んだ。

 時間は勿論掛かったが、小さな火花から徐々に火が灯った。


「で、出来た。なんだ。手順通りにすれば出来るじゃないか」


 俺でも火起こしが出来ると自信が付いたことで大きな達成感を得た。


「花音、見てくれ。火付いた」


 無邪気な感じで子供のように報告に行く。

 だが、花音は手洗い場で難しい顔をしながら固まっていた。


「花音?」


「ん? あぁ、出来た?」


「うん。どうかしたか?」


 手洗い場には先ほど釣り上げた魚がいた。


「これ、捌ける?」


「いや、やったことないからどうだろう」


「私も一緒。でもこれは避けて通れない道よ。失敗すれば鮮度も味も変わる。下手に出来ない」


「解説動画見る?」


「そうね」


 俺と花音は魚の捌き方を解説する動画を視聴した。

 インプットして出来るだけ失敗のリスクを減らす。


「簡単そうに見えるけど、実際にやると結構難しそうだな」


「でも大体把握した。今回は三枚におろすっていうより内臓を取り出すだけでいいと思うよ。串に刺して焼くだけだし」


「そうだな。俺、やるよ」


「私もやりたいから交代でやりましょう」


 魚の腹を包丁で裂いて内臓を引き抜く。綺麗に水で洗って鱗を取る。

 スーパーでは既に加工された状態なので一からこうして処理をするのは初めてのことだったので花音とあたふたしながら下処理を終える。


「出来た。なんか楽しいね。こういう経験は大事にしないと」


 花音はやることなすこと丁寧で全力で楽しんでいる様子だった。

 俺はそんな花音の姿が堪らず好きだった。


「さて。後は焼くだけ」


 そう思って焚き火の前まで行くと一生懸命付けた火は既に消えていた。

 魚を捌くのに格闘している間に消えたらしい。

 一度付けばずっと燃え続けているわけではない。


「ははは。消えているね」


「また一からやるか」


 失敗を後悔する時間が勿体無いことから考えるよりも動くことを優先した。

 パチパチと再び火が灯ったところでバーベキューの始まりが見えた。


「さぁ、どんどん焼くわよ」


 花音は網に敷き詰めるように食材を並べた。


「おい。そんな一気に焼くと食べるのと焼き具合の調整が大変じゃないか」


「ここから先は小細工無用。本能のままに焼いて食うだけよ」


 花音らしくない……いや、これが本来の花音の姿であるかのように豪快さが際立った。


「さぁ、第一号焼けたよ。食べて、食べて」


 サッと花音はトングで俺の皿に肉を置いた。


「ありがとう」


「どう? 美味しい?」


「うん。塩コショウだけの味付けなのになんでこんなに旨いんだろ」


「それはやっぱりどこで食べるかで味は変わるんだよ。私も食べよう。うん。美味しい。やっぱり自然の中で食べるご飯は格別ね」


 花音は次々と肉や野菜を口に放り込む。


「花音、そこ焦げている!」


「え? 嘘! わっ! わっ! あちちち!」


「何をやっているんだよ。あーあ。丸焦げじゃん」


「あははは。しくっちゃった。はい、あげる」


「おい」


 楽しいバーベキューは続く。初めてだらけで苦労はあった。自然という場所の影響もあるだろうが、それ以上に美味しさを増しているのは花音の笑顔が倍増させていたというのは恥かしくて言えない。

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