第39話 釣り
釣竿とバケツをレンタルして餌箱を購入する。
俺と花音は釣り場である川にやってきた。
「わお。水が透き通って綺麗ね。魚も結構いるじゃん」
川を見て興奮する花音の後ろに俺は頷く。
「確かに街中では見ない景色だ」
水に手を入れるとひんやり冷たい。
「さて。じゃんじゃん釣りますか。今晩のおかずを豪華にしないとね」
花音は餌箱の蓋を開く。
そこには青虫と言われるアオイソメが無数に敷き詰められていた。
「うっ! 実際に見ると異様な光景ね」
「花音は虫、苦手か?」
「苦手なこともないけど、ちょっと抵抗はあるかな」
「俺が付けてやろうか?」
「いや、いい。自分でやるし」
花音は一匹の青虫を手に取り針に通した。
「どんなもんよ!」
それで威張られても困るが、花音にとって勇気のいる行動のようだ。
「ちなみに花音。釣り経験は?」
「そんなものないわよ」
「俺もだ」
「じゃ、フェアな勝負になりそうだね」
「本当に勝負するのか?」
「当たり前じゃない。勝負しなくて楽しめないでしょ」
「別に勝負しなくても楽しめると思うけど。何を聞いてもらうか悩むんだよな」
「勝手に勝った気にならないでくれる? 勝つのは私だから」
花音はムキになりながら言う。
「ちなみに何を聞いてもらうつもりなんだ?」
「雑用かな」
別に勝負しなくてもそれくらいするつもりだったが、せっかく勝負を持ち出してくれたなら素直に聞いておこう。
「さて。早速始めましょう」
お互い気に入った場所を選んで釣りを開始する。
始める前から分かっていたことだが、釣りというのは暇だ。
釣れるまではひたすら待たなければならない。
開始から三十分。俺の竿には当たりが来ない。
魚はいるはずだが、なかなか釣れない。
「げっ! エサだけ喰われている」
釣りって意外と難しいのか。エサをつけて適当に待っていたら釣れるものだと思っていたが、そういうわけでもないかもしれない。
「場所が悪いのか? いや、間違いなく魚はいるんだ。じゃ、どうして?」
自己分析をしている中、花音の叫ぶ声が聞こえた。
「よし! また釣れた!」
花音の竿の先には魚が喰いついている。
休憩のついでに俺は花音の方へ向かった。
「よ、よう。調子はどうだい?」
バケツの中を見ると小魚四匹釣れていた。
「何よ。スパイ?」
「いや、まぁ。それより凄いな。こんなに釣れたんだ」
「まぁね。釣りも案外楽しいよ。そっちはどう?」
「……いや、まだ」
「ふーん。このままじゃ私の勝ちだね」
花音はニヤニヤと勝ち誇った顔をする。
「コツ、教えてあげようか?」
「コツなんてあるのか?」
「それはあるよ。ただ喰いつくのを待っていればいいってものじゃないんだから」
「ど、どうするんだ?」
「こうやって上下に動かしながらゆっくりと糸を引く。魚っていうのは動いているものに喰いつく習性がある。だから生きているように誘えば……」
糸が引いて水しぶきが上がる。早速ヒットだ。
「ね? 面白いでしょ」
「釣り。初めてなんだろ? なんでそういうこと知っているんだよ」
「事前調べはしてあるから。インプットしてアウトプットまでが勉強だよ」
「インプット? アウトプット?」
「習うよりも慣れろってこと。ほら、私が言ったことを実践してみなよ」
「わ、分かった」
コツを聞いた俺は早速実践に入る。
糸をゆっくり引いて魚を誘い込む。すると魚影が針先に集まってきた。
糸が引っ張られる感覚が伝わった瞬間、俺はハンドルを回した。
「お、お、大物だ!」
花音が釣り上げた魚よりもサイズが大きい魚を釣り上げた。
初めて自分が釣った魚に感動した。これが釣りの楽しさだ。
そして勝負の結果に入る。
「私が十匹。たっちーは三匹か」
あれから俺は二匹釣り上げて合計三匹。初心者にしてはよくやった方ではないだろうか。だが、結果的に花音に負けた。
「引き分けかな」
「引き分け? どうして?」
「私が釣り上げたのはどれも小魚ばかり。それに対してたっちーは大物。数では私が勝っているけど、サイズ的に見れば私の負けだよ。よって五分五分ということで引き分け。それで手を打たない?」
「花音がそれでいいならいいけど、引き分けなら約束はどうなるんだ?」
「うーん。不成立」
花音は面倒そうに答えた。
勝負とは言いつつも、そこまで重要なものではなかったらしい。
変に期待してしまったが、単純に釣りを楽しめただけでも良しとしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます