第37話 移動


 花音からの誘いで連休に遊びへ行くことになった。

 しかも一泊二日という泊まりの遊びだ。

 正式に付き合っていない男女の泊まりは後ろめたいところもあるのだが、お互い好き同士ということが判明している分、ほぼ付き合っていると解釈してもいいかもしれない。だが、色々問題はある。

 高校生の男女の泊まりだ。お互い良くても周りの問題は残る。

 俺は一人暮らしの身であるため、その心配はない。

 問題は花音側かもしれない。そこは俺が念入りに確認するべきだったが、花音は大丈夫の一点張りだった。強く言えることもできず、当日を迎えていた。

 朝の六時三十分。待ち合わせの駅前には既に花音が立っていた。


「よっ! おはよう」


 大きめのリュックに動きやすいズボンにオーバーサイズTシャツ。そしてボブカットが隠れるような白い帽子姿である。全体的にオシャレ重視というよりも動きやすさ重視の格好と言える。

 俺はジッと花音の服装を無意識に見ていた。


「何?」


「いや、動きやすそうだなって」


「ワンピースやヒールを履いてオシャレを想像していた? そういう格好も出来なくもないけど、今回の目的でその格好は場違いだよ。いっぱい歩く予定だし、オシャレしたら汚れるし足を痛めるしノンノンノン」


 と、花音は人差し指を横に振った。


 確かにその理屈は合っている。例えてみれば工事現場にスーツ姿で来るのと同じ。それではあまりにも非効率かつ足手纏いになってしまう。

 それに今回の行動ではオシャレはむしろ邪魔になるだろうことは分かっていた。


「さて。時間が勿体無い。切符買って早く電車に乗ろうよ」


「お、おう」


 これより花音とのデートが始まる。

 今回の遊びの目的はキャンプだ。キャンプ場がある自然豊かな県外へ電車で移動する。

 電話やメッセージで聞けなかったことを俺は移動中に聞いてみることにした。


「それより花音。本当に大丈夫なのか?」


「心配しなくても大丈夫だよ。キャンプ場って言ってもコテージがあるから半分キャンプって感じだし、手ぶらOKで食材や道具は全部現地に揃っている。管理人がいるから何かあれば対応してくれるから安心。不便はほぼないと思うよ」


「いや、そうじゃなくて今日のことだよ。親とかあるだろ?」


「ん? あぁ、うん。大丈夫だよ。今日のことは勉強合宿ってことにしているから」


「しているって親に嘘ついてきたの?」


「まぁ、それくらいしないと許可出さないでしょ」


 花音は軽く笑みを浮かべるが、どこかぎこちなかった。


「大丈夫じゃないだろ。それ」


「周りの子にも話を合わせてもらっているからバレることはないよ。安心して。たっちーには迷惑かけないから」


「花音は嘘つきだな」


「たっちーと遊びたかったから。こんな噓つきな女、嫌い?」


「す、好きです」


 花音のあざとさに俺は強く言えなかった。

 だが、嘘をついてまで俺と遊びたかったという思考に対して嬉しく思えた。


「ところで手首は大丈夫か?」


「この通り。もう治ったよ」


 花音は右手首を見せた。ギブスは外れており、傷跡も特になかった。

 俺はその右手首をギュッと握った。


「治ったとは言え、無理は禁物だからな」


「大丈夫だよ。でもありがとう」


「怪我の間、生活は大丈夫だった?」


「うーん。普通に生活する分には問題ないけど、お風呂を満足には入れなかったことがしんどい。片手で思うように洗えなかったから。それとギブスを外した後の手、凄かったよ。ありえないくらい臭かったの。あーあの匂いをたっちーにも嗅がせたかったなぁ」


「それは遠慮したいです」


「あはは。嘘だよ。でもあのなんとも言えない匂いは忘れられないなぁ」


 怪我をしたというのに花音はケロッとした表情で笑い話に変えていた。

 実際は辛いこともあっただろうに花音はそれを物ともせずいられるところが良いところなのかもしれない。


「ところで今日はどうしてキャンプ? 遊園地とか水族館とか観光地巡りとか遊ぶ場所の候補はいくらでもあったと思うけど」


「あ、もしかしてキャンプ嫌だった?」


「嫌じゃないよ。ただ、女の子だったらオシャレな場所に行きたいものなのかなって思っただけで」


「そういうところに行ってもつまらないでしょ? 女の子が喜びそうなところに行っても男からしたら心苦しい」


「もしかして俺のためにキャンプにしたの?」


「それもあるけど、私が行きたかっただけ。実は私、キャンプしたことないんだよね。やっぱり街並みや人から離れて自然を満喫してリフレッシュするならキャンプが効率良いって思ったの。だから今回、キャンプを提案した」


「初めてのキャンプなのに俺なんかと一緒でよかったのか?」


「そんな自分を下に見るようなこと言わないでよ。むしろたっちーと一緒じゃなきゃダメというか。たっちーがいいの。だから今回のキャンプ、楽しもうよ」


「うん。よろしくお願いします」


「こちらこそよろしくお願いします」


 お互いお辞儀をして話がまとまったような気がした。

 電車は目的地へと到着しようとしていた。

 そして、キャンプデートは本格的に始まろうとしていた。

 

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