第36話 誘い
花音は俺のことを好きだと言ってくれた。
しかし、その場で交際を承諾してくれたわけではなく何か訳ありのように断られた。
前向きに考えれば良い方向に違いないのだが、どうも後味が悪いようで引っ掛かっていた。
花音のその返事を聞いていつの間にか三週間が過ぎていた。
その間、お互い連絡を取ることもなく平穏な日常を過ごしている。仲が悪くなったわけではないのだが、連絡をマメに取らないことはよくあること。
しかし、俺から連絡を取る勇気もない。
「とことん情けねぇな。俺」
頭の中は花音のことばかり。身が入らない中、執筆活動を続けていた。
二巻、三巻と書籍を売り出して四巻の内容を書き込んでいる。
ダメだ。続きが書けない。
同じ項目ばかり続けていても身が入らないこともしばしば。
よって俺は密かに新作を書いていた。
ジャンルはラブコメ。ラブコメ以外書けないわけではないのだが、俺の描く物語はウケが悪い。自分の武器はラブコメであると自覚していた。
「こんな女子いるわけないのにな」と思いながら俺はキーボードを走らせる。
何故か、新作に対して止まることなくスムーズに進んでいた。
そう。新作のヒロインは花音をモデルにしていた。
理想の女の子を動かす分には思いのほか、手が勝手に動く。
「これ、俺の妄想じゃん。こんなもの読者にウケるのか?」
半信半疑になりつつも俺は試しに新作をネットに公表した。
小分けに編集して三十話くらいストックがあるが趣味の範囲内で最後まで書くつもりはなかった。
投稿から数時間後に自分が投稿したページを確認してみると思いがけない光景が目に飛び込んだ。
「え? コメントめっちゃ付いている」
一応、自分が書籍化作家ということもあるが、投稿してすぐに読者が見にきてくれたのだ。しかもそのコメントは好評のものだった。
翌日になればランキング入りをしてどんどん読者の目に止まる。
「すげー。こういうの読者は好きなんだ」
思いがけない発見に俺は新作の続きを執筆しようと机に向かった。
その時だ。
花音からのメッセージに『たっちー』と呼ばれた。
唐突の花音からのメッセージに俺はドキッとする。
俺が返事をしようとあたふたしていたところ、花音は追撃でメッセージを送る。
『新作の女の子。私でしょ?』
俺は一瞬で冷汗が吹き出した。
密かに書いていた日記を母親に見られたような恥ずかしい気持ちだった。
『何のこと?』と惚けてみる。
『いや、私作者フォローしているから新作投稿しているって通知が入ったから試しに読んでみたら私じゃね? って感じたから』
全部バレている。勝手にモデルにしてしまったことに対して怒っているかもしれない。これは早く謝罪をしなければならないと思い、俺は花音に電話を掛けた。
『もしもし?』
「す、すみませんでした!」
俺は電話越しとは言え、土下座をして謝罪をする。
『どういうこと?』
「いや、勝手にモデルにして怒っているのかと」
『全然怒っていないよ。むしろ感謝しているくらい』
「え? そうなの?」
『好きな人に小説のモデルにしてもらえて嬉しいからさ。それより謝罪しなければならないのは私の方だよ』
「謝罪?」
謝罪されるようなことされただろうか。考えたところで思い浮かばない。
『三週間くらい連絡取れずに申し訳ない。忙しかったっていうのもあるんだけど、連絡手段がなかったからさ』
「連絡手段?」
『ほら、この間スマホ壊れちゃったじゃない? それで修理等で連絡が取れませんでした』
「あ、あぁ。そういうことか。俺は別にいいけど」
『それは良かった。ねぇ、新作の続きはまだ?』
「順次投稿するつもりだよ」
『そっか。なかなか面白いよ。やっぱりたっちーは話を書く才能があるよ』
「そ、そうかな。俺は思い付いたことを書いているだけだけど」
『もっと自信持てよ』
「お、おう。そうだな」
急に強い口調になった花音に一歩下がってしまう。
『そうだ。もう少しで連休だね』
「ん? あぁ、そうだね」
土日と月曜日に祝日が入り、世間では三連休となっていた。
『暇していたら遊びに行こうかと思っているんだけど、どう?』
花音から遊びの誘い? これは行く以外の選択はない。
「ひ、暇です! 遊びに行きたいです」
『何故敬語? 暇なら良かった。実は行きたいところがあるから付き合ってほしいな』と花音は甘えるような口調で言った。
これは紛れもないデートというやつだ。
しかも連休を使った本格的なデートに心が弾む。
そのあと、花音が何か言っているようだが、俺はデートに浮かれて上の空だった。
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