第34話


 病院で手当てを受けた花音は大事そうに自分の手首を摩った。

 ギブスを巻いて完全に手首を動かせない状態になっていた。


「あはは。脱臼だって。骨までいってなくて良かったよ」


 花音はおちゃらけた様子でそう言った。無理に言っていることは確かで俺は全く笑えなかった。


「それでもしばらく安静だろ?」


「二週間はこのままだって。でも指は動かせるからそれほど困らないよ」


「だとしても無理はするなよ」


「たっちーには迷惑を掛けちゃったね。私としたことが面目ない」


「いくらでも迷惑掛けろよ」


「え?」


「いや、花音にならいくらでも迷惑を掛けてほしいくらいだ。俺は喜んで力になってやるからさ」


「ぷふっ。何よ、それ」


「笑うなよ。俺がバカみたいじゃないか」


「じゃ、たくさん迷惑掛けてやろうかな。なんて」と、花音は冗談ぽくそう言った。

 その時の花音は可愛く見えた。いや、普段から可愛いのだが、普段とは違う可愛さがあった。

 病院の待合室の椅子にいた時である。

 自動扉が開き、一人の中年女性が慌ただしく入ってきた。

 茶髪のパーマを掛けており、歳は四十代半ばだと思うが、歳の割に肌に艶があり若々しい印象だった。

 そのままの足取りで俺たちの前に立ち止まる。


「花音」


「ママ……」


 ママ? ってことはこの人、花音のお母様? よく見ると所々似ている。

 次の瞬間である。花音の母は花音の頬に平手打ちしたのだ。

 その証拠にパチンといい音が響き渡る。


「親をどれだけ心配させるのよ。もし何かあったらどうするつもりよ」


「……ごめんなさい」


 珍しく花音はしゅんと下を向いた。


「全く。今が大事な時期だって言うのに怪我をしないでよ。脱臼で済んだから良かったものの大事故で入院ってなったら大変なんだから」


「うん。分かっている」


「分かっていないからこうなっているんでしょ」


 激しく言い寄る花音の母に俺は割って入る。


「それくらいにしてくれませんか。花音自身、充分反省しています。それに花音が怪我をしたのは他人を守る為だったんです。花音だけの落ち度ではありません。それくらいにしてもらえませんか」


「あなた。花音の何?」


「えっと、俺はその……」


 なんと言えば正解だ? セ○レなんて言えば絶対ダメだし、ここは無難に友達と言うべきか。


「俺は花音の……と、とも」


「彼は私の恋人……候補だよ」と花音は俺の言い掛けを被せるように言った。


「花音。あなた、学業をそっちのけで恋愛しているの? そう言うのは大学に入ってからって言ったでしょ。恋愛で成績が落ちたらどうするの」


「成績は順調だよ。何も心配することはない。その上でそういうことしていても影響ないでしょ?」


 花音の返しに花音の母はムッとなる。


「今が良くても今後、落ちることもあるでしょ。その時は恋愛を言い訳にするんでしょ? そうならないために今は学業に集中しなきゃって言っているの」


「そんなのママも妄想だよ。私は学業を疎かにしない。私は私のやりたいことをして恥ずかしくない大人になるよ」


「また生意気なことを言って。帰るよ。車、回しておくからすぐ来なさい」


「うん」


 そう言って花音の母は捻くれたように背を向けた。


「強烈なお母様だな」


「いつものことだから。子供の前では背伸びして大人ぶりたいみたいだけど、結局幼稚で子供なんだから困っちゃうよ」


「自分の親にえらい言い様だな……」


「やることちゃんとやってれば何も言われる筋合いはないけど、あまりにも私が完璧すぎるから粗探しして突きたいと思うよ。本当、子供」


 花音は親に対して小慣れた様子である。

 これだけ優秀な子供を持ったら何も言えないことも事実。注意する方が難しい。


「俺、いない方がよかったよな。また親に突かれると思うと」


「いいよ。私に彼氏が居ようが居まいが親に言われる筋合いはない。全然気にしないで」


「それならいいけど」


「じゃ、私帰るよ。またママがグチグチ言う前に」


「あぁ、お大事に」


「そうだ。一言だけ言わせて。例の返事だけど」


「例の返事……」と、俺はあの約束を思い出す。


「私もたっちーのこと好きだから。セフレでも友達でもなく異性として。でも、付き合うのはまだ無理。私の中で整理が出来たら付き合おう。それまでちょっと時間が掛かると思うけど、それでも待ってくれますか?」


「勿論。何年、何十年でもずっと待ってやるよ」


「そこまで待つんだ。ありがとう」と、花音は笑顔を見せて帰っていく。

 

 これは喜んでいいんだよな? 

 まだ無理ってどういうことだ?

 花音は何か素直に付き合えない理由があることは確かなのだが、その理由とは一体……?

 花音の背中は少し寂しそうに見えたが気のせいだろうか。

 俺はその背中に手を振ることしかできない。


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