第33話


「かのん。カノン。花音!」


 最悪の事態を目の当たりにした俺は力なくその場にへたり込んでいた。

 取り押さえていた警察官は距離を置くようにそれぞれの業務に戻る。


「クソ。どうして……。どうして……」


 俺は拳をアスファルトの地面に向けて拳をぶつけていた。

 痛いのは拳のはずなのに自然と痛くない。痛いのは自分の心だった。


「なんで花音がこんな目に遭わなくちゃならないんだ。花音が何をしたっていうんだよ。俺は……俺は……」


「俺は何?」


「俺は花音が居ないとダメなんだ」


「それはどうして?」


「どうしてって花音は俺にとって誰よりも大切な……」


 独り言を言っていたはずなのに何故か会話が成立していることに戸惑った。

 ハッと後ろを振り向くとそこには花音が立っていたのだ。


「やぁ」


「お前、どうして?」


「私が死んだと思っちゃった?」


 いつもの花音だ。気が動転して幻覚や幽霊を見ている訳ではない。

 しっかりと生身の花音がそこにいる。


「バカヤロウ」


 俺は花音を抱き寄せた。大丈夫。生きている。花音の温もりはしっかりと伝わる。


「ちょ、痛いよ。それに公共の場だってば」


「心配しだんだぞ。本気で」


「泣いている?」


「悪いかよ」


 現に俺は身体を震わせながら花音の胸の中で泣いていた。


「しょうがない。今だけドーンと泣いていいよ」


 花音は俺の頭を撫でながら包み込むように言う。

 周りの人なんて気にならないくらい俺は自分の世界に入っていた。

 それから落ち着いた頃に人混みを避けてビルとビルの路地に二人で腰を下ろした。


「まさかたっちーが駆けつけてくるとは思わなかった」


「あんな衝突音聞かされて連絡取れなくなったら誰だって駆けつけるだろ」


「まぁ、それもそうか。現に私のスマホはこの有様だし」


 そう言って見せた花音のスマホは画面が割れている。まるで拳銃で撃たれたような割れ具合だ。


「何があったんだよ」


「うん。たっちーと電話していた時ね。赤信号から青信号に変わろうとしていた直後のこと。急いでいたのか、大学生くらいの女の子かな。フライング気味で横断歩道を渡ったの。そしたら大型バイクが接近していたのが見えてこれはやばいって思った。咄嗟に私はスマホを投げ捨ててバイクの正面に立ち塞がった。バイクは急ハンドルを切ったけど、不運にも反対側を歩いていた別の女性に衝突。後は人命救助と救急車を呼んだりで大変だったよ」


「危ないな。もし、そのバイクがそのまま花音に突っ込んでいたらどうするんだよ」


「大丈夫。怪我は避けられないけど、死にはしないから」


 冗談ぽくではなく真面目な口調で言い切る。いや、バイクに正面から突っ込まれたら死ぬかもしれない。それなのにその自信はなんだ。


「私、身体は丈夫だから。でも、結果的に怪我をさせちゃったから私の行動は軽率だったかもしれない。そこは反省かな」


「咄嗟とはいえ、自分の身を投げ出して他人を守ろうとするなんて流石だよ。誰でも出来ることじゃない。花音だから出来たことだ」


「たっちー……」


「だが、こんな危ない真似はしないでほしい。他人の為に自分の身を投げ出すってことは一見、英雄になれるかもしれない。でも、お前の周りの人たちがどう思うか考えてくれ。家族や友達。学校の人や親戚の人たち皆が悔やむと思う。お前の命はお前だけのものじゃないんだ。これからはそこをしっかり理解してほしい」


「うん……。ごめん」


 花音はそう言って小さく頷いた。


「って俺が言うことじゃなかったな。ごめん。生意気だった」


 と、花音は自分の頭を俺の肩に寄せた。


「ありがとう。たっちー」


 密着をしたことにより花音との距離が一気に縮まった気がする。

 雰囲気に飲まれたせいか、俺は花音の手を握る。


「痛っ!」


「あ、ごめん。そんな強く握ったつもりじゃなかったけど……」


「いや、怪我はしていないんだけど、ちょっと手首を捻っちゃって」


「ちょっと見せてみろ」


 花音の右手首は青ざめていた。これでは痛いはずだ。


「大丈夫だから」


「大丈夫ってそんなわけないだろ」


「実はちょっと痛い。でも手だから日常生活に困らないから大丈夫」


「花音。右利きだったよな?」


「そうだけど」


「なら不便じゃないか。とにかく病院に行こう。酷くなる前に」


 俺は否定する花音を無視して無理やり病院へ連れていく。 

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