第32話


『ガガーン! ゴゴゴゴゴッ!』


 突如、電話越しに強い衝撃音が俺の鼓膜に刺激した。

 まさか今の音って事故に巻き込まれた音?

 最悪の事態を想像した俺は気が気ではなかった。


「おい! 花音。何があった? 返事をしろ! 花音ってば!」


 電話はツーツーと鳴るだけで花音の返事はない。

 スマホが壊れてしまったのか、花音側にトラブルがあったのは確かである。

 いくら呼びかけても無駄だと判断した俺は家を飛び出した。


「花音、花音」


 花音の無事を祈りながら走り出す。だが、俺は花音の家なんて知らない。

 よって花音がどこに向かって歩いていたのか見当がつかない。

 一つだけ言えることは駅に向かったということ。

 ここから駅に行く道となればあそこだ。俺は大通りのある道へ向かう。

 そこは駅に向かう地点であると同時に車通りが激しい場所でもある。

 おそらく花音はそこで事故か何かに巻き込まれてしまったと考えられる。


「花音! どこだ。花音!」


 通行人が不審に俺を見てくるがそんなことに構っていられなかった。

 走って、走って花音の姿を求めていた。


「ここじゃないのか。大通りって」


 俺は花音が歩いた道を想像でしか判断できない。

 実際はここに来ていないかもしれない。


「あの、すみません!」


 俺は通行人の主婦に声を掛けた。主婦は「はい?」と困惑気味である。


「ここら辺で事故ありませんでしたか? 高校生くらいの女の子が被害に遭ったとか」


 俺の剣幕に驚いたのか。主婦は「さぁ」と言い残して逃げるように去っていく。


 その後、俺は道往く通行人に対して同じような質問を繰り返す。

 しかし、どれも「知らない」と言われるばかりだ。

 俺の勘違いか? いや、電話越しで聞こえたあの音は只事ではなかった。

 現に花音との連絡が途絶えた。それは紛れもない事実。

 必ず近くにいるはずだ。それなのにどうして見つけられない。

 苛立ちが募りに募って何かに当たってしまいたいくらいだった。


「なぁ、事故やばかったな」


「あぁ。あんな衝撃的瞬間を間近で見るとは思わなったよ」


 ふと、俺の横を男子中学生がそんな会話をしながら横切った。

 堪らず俺はその男子中学生に駆け寄った。


「おい! 今の話、詳しく聞かせてくれ」


 ガッと服を掴みながら聞いた。


「な、なんだよ。あんた」


「いいから答えろ。今の話、どこで遭った事故の話だ」


「南通りの交差点だよ。さっきそこで事故が遭ったんだ。バイクと通行人が接触したよ」


「その通行人はどんな奴だ」


「どんなって言われても……。女? いや、男だったかな?」


「どっちだよ!」


「分からないよ。暗くてよく見えなかったし」


「くっ! 南通りの交差点だな」


 俺がさっき行ったのは中央通りの交差点だ。

 つまり、真逆の場所で探していたことになる。

 その情報で俺は事故現場の南通りに向かって走り出す。


「おい。あんた!」


 男子中学生の呼び止めに応えることなかった。

 全力で走った俺は事故現場に辿り着く。

 だが、被害者と容疑者は既に運ばれた後で警察が現場検証をしているところだった。

 道路には血やタイヤ痕が残されており、大きな事故があったことを物語っている。


「すみません」


 俺は現場検証をしている一人の警察官に声を掛けた。


「ここで起きた事故、詳しく聞かせてもらえませんか?」


「なんだね、君は。危ないから離れていなさい」


「知り合いが事故に巻き込まれたかもしれないんです。いいから教えて下さい」


 俺の物凄い剣幕に圧倒されたのか、警察官は口を開く。


「飲酒運転による事故だよ。大型バイクを運転する三十代の男性が通行人の女性を跳ねたんだよ。今は二人とも意識不明で救急車で運ばれたところだ」


「その被害者の女性って茶髪のボブカットでしたか?」


「さぁ、そこまで覚えていないよ」


「思い出してください」


 俺は警察官に突っかかっていた。それを見ていた他の警察官は俺を一斉に取り押さえた。


「おい。辞めなさい」


「答えろ! その女性は茶髪のボブカットか? どうなんだ?」


 押さえつけられながらも俺は警察官に問う。答えるまで絶対に引かないという気持ちが現れていた。


「服装は男物だったが、女性だったと思う。髪型は確か、茶髪のボブカット……だったような気がする。多分」と警察官は曖昧ながらもそう答えた。


 それを聞いた俺は一気に力が抜けた。


「かのーーーーーーん!」と、俺は空に向かって叫んでいた。

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