第31話


「はぁ、面白かった。そういえば今何時……」


 花音はスマホの時刻を確認すると驚愕した。


「いけない。もうこんな時間だ。すっかり居座っちゃったよ。どうしよう。たっちー、なんで教えてくれなかったのよ」


「いや、楽しそうにしていたからいいのかと……」


「だとしても時間大丈夫? とか、そろそろ帰らなくてもいいの? とか一言ないわけ?」


「ご、ごめん」


 出来ればずっと居てほしいとさえ思うが、それはただの願望に過ぎず言えるはずない。


「はぁ、帰るの面倒くさいなぁ。一層、泊まっていっちゃおうかな。なんて」


「俺は別にいいけど。花音がよければ。あ、でも布団一枚しかないから無理だな。泊まりなんて想定していない暮らしだから」


「誰が泊まるか。冗談だよ。ジョーダン。頼まれても泊まってあげないから」


 舌を出しながらベーとする。

 多少の期待はしていたが、ここまであからさまに否定されると逆にショックである。


「また今度ね」


 ボソッと花音は俺の耳元に囁いた。


「私が来る時は家中掃除しておいてよね」


「するする! チリ一つ落ちていないくらい片付けるから」


「気合入り過ぎ。そこまでして泊まってほしいのかよ」と花音は笑顔を見せた。


 男服で帰ることになった花音は荷物をまとめて玄関に向かう。


「ありがとう。シャワー助かった。それに服も貸してくれて」


「こちらこそごめん。俺のせいで身体汚して」


「良いの、良いの」


「途中まで送るよ」


「大丈夫。そこまでさせられないよ。一人で帰れるから」


「そ、そうか。気をつけろよ」


 もう少し強く言えば送ってあげられたかもしれない。

 しかし、大丈夫と言われてそれ以上言えない。


「見送りは大丈夫だけどさ、歩いている間は電話していていいかな?」


 まさかの提案に俺は大きく頷く。


「勿論」


「そう。ありがとう。じゃ、またね」


 花音はそう言い残し、俺の部屋から出て行った。

 その直後である。花音からの着信だ。すぐに応答する。


「もしもし」


『へへ。なんか変な感じだね。さっきまで一緒にいたのに』


「そうだな」


 電話越しでゴソゴソと聞こえるが、風の音が伝わる。

 その風の音を聞きながらしばらく無言が続く。

 先ほどまでずっと一緒に居て電話をしようと言われたものの話題という話題が見つからない。それは花音も同じ様子だった。

 いや、話題なんていらないのかもしれない。ただ二人の時間が繋がっているってだけで俺としては満足だった。

 だが、俺はあること思い出して声を上げていた。


「あっ!」


『ビックリした。な、なに?』


「花音。約束!」


『約束?』


「勝負したじゃないか。負けたら正直な気持ちを言うって」


『あぁ。勿論、忘れていないよ。そういえば言いそびれちゃったね。ごめん、ごめん』


「忘れないうちに言ってもらうぞ。負け逃げは許さないからな」


『勿論、約束はちゃんと守るよ。でも、電話でいいの?』


「どういう意味だよ」


『良い方向でも悪い方向でも電話だと嘘か本当かなんて分かり辛いと思うよ』


「そうやってまた誤魔化す作戦か?」


『違う、違う。私の発言でこれからの関係が百八十度変わるってこと。それを言い逃げ出来る電話で伝えちゃって本当にいいのかなって思っただけ』


 花音は試すような発言をする。

 信号待ちをしているのか、車が行き来する音が強く電話越しから聞こえる。

 今、電話で答えを聞くべきか。それとも直接会って聞くべきか。


『それでどうする?』


「聞かせてくれ。今、電話」


『本当にいいの?』


「電話で聞いても直接聞いても何も変わらないよ。俺は花音の言葉は全て信じるつもりだ」


『随分、私のことを信用しているんだね。ただ、私が嘘を付かないとも限らないよ?』


「別に花音になら嘘を付かれてもいい。花音は人を陥れるようなくだらない嘘は言わない奴だって思うから」


『ふふ。正解。私は人を傷付けて楽しむ人間じゃないのは確かだよ。ごめん。たっちーがどこまで私のことを信用しているのか試しちゃった』


「そんなことだろうと思った」


『しょうがないな。答えてあげますか。私はたっちーのこと……』


 赤信号から青信号に変わり、鳩の音色が電話越しに伝わる。

 次の瞬間である。

 キキキッ! と言う音と共に鈍い衝突音が響き渡った。

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