第18話 ゲーセン
花音から緊急電話があったその日の夜のこと。
心配だった俺は花音に電話を掛けるか悩んでいた。
「あれから大丈夫かな。花音」
通話ボタンを押すか悩んでいる時である。あろうことか、花音からの着信が入ったのだ。
『もしもし?』
「おう。ちょうど電話をしようとしていたところだったよ」
『ふふっ。そう思うかなって思って掛けちゃいました』
「それで大丈夫だったのか?」
『まぁね。授業に戻った時、クラスメイトの視線が痛かったけど、何事もないように振る舞ったよ。変な汗が出ていないかヒヤヒヤしちゃった』
「そ、それで?」
『まぁ、そういうことしているの? とか。彼氏なの? とか。ちょこちょこ言われたけど、張り紙のことは私じゃないって言い張った』
「そっか。相手の弱みに付け込まれたら終わりだ。ずっとその形を維持してくれ」
『勿論、言われなくてもそうするつもり』
「それで犯人は? 花音の今の行動を続ければ面白みがないと判断して諦めるか追い討ちをかけると思う」
『犯人は今のところ、特定は出来ていない。でも特定する方法はあるわよ』
そんな方法があるのか疑問を感じた。
『単純な話。犯人は私を付け回しているってこと。つまりたっちーと行動をすれば再び現れる可能性が高いってこと』
「そんな都合よく現れるのか?」
『試す価値はある。だから明日の放課後、遊ばない?』
「それはどっちの意味で?」
『友達としてよ。今、生理だしそっちの遊びは受け付けていません』
セ○レとしての遊びは断固拒否するように強調した。
「分かった。変装はどうする?」
『勿論して。それと言っていなかったけど、ここ最近、誰かに見られている気がするの。だから絶対に現れると思う』
「そうか。じゃ、明日十六時三十分過ぎに駅前でどうだ?」
『いいよ。それじゃ、明日よろしく』
ピッと通話を切った。
犯人を誘き寄せるための遊びに過ぎないが、何より花音と会えるだけでテンションが高まる。
そして約束の時刻に辿り着くと花音は制服姿だった。
知り合って初めて見る制服姿に俺はおっとりとしていた。
「何よ。ジッと見つめちゃって」
「いや、制服姿初めて見るなって。それより俺に変装させた割に自分は何も変装なしとか隠す気ゼロかよ」
「私が私って分からなかったら犯人が気づいてくれないじゃないの。私はあえてマトを作っているわけ」
「それはご立派なことで。俺は学校を出て持ってきた私服に着替えて来たと言うのに」
「たっちーの正体は晒すわけにはいかないからね。それよりどう? うちの制服、可愛いでしょ?」
お嬢様学校で有名な第3地区南聖女学院の制服はベージュ色を基準としたシックなデザインである。制服が可愛いのは勿論のこと、それを着こなす花音はもっと可愛い。見せびらかすように花音は一回転してみせる。
「どうしたのよ。可愛いとか綺麗とか感想はないわけ?」
「す、凄く可愛いよ。花音が着るとより輝いて見える」
「そこまで褒めるな。恥ずかしいでしょうが!」
怒っているのか、照れているのか。花音は背を向けて歩き出した。
「花音。どうしたんだよ」
「とにかく行きましょう。ここで棒立ちしていても仕方がないし」
「行くってどこに?」
「ゲーセンよ」
「ゲーセン?」
駅を離れて人里離れたところにあるゲームセンターに向かう。
店内に入るとガヤガヤと機械音が響き渡る。店内は学校帰りの学生やフリーターが多く賑わっていた。
お嬢様学校の生徒がまずゲーセンで見かけることはない。今の花音は場違いというか珍しい印象だった。
「花音はゲーセンなんて来ることあるの?」
「いや、初めて来た」
「あ、流石にこういう場所には来ないんだ」
「本当は行きたいってずっと思っていたけど、行事や勉強とか何かと忙しくて機会がなかったんだよね。小さい頃に乗り物で遊んだくらいかな。たっちーはどうなの?」
「暇な時にたまに来るよ。クレーンゲームをしたり」
「そうそう。ゲーセンと言えばクレーンゲーム。あれどうやって遊ぶの?」
と、花音はすっかりと気を抜いたように言う。
「じゃ、ちょっと遊んでみる?」
「うん」
普通にデートみたいに俺と花音は楽しんでいた。
周囲に何者か迫っているか分からない状況の中、不本意だと思うが、これもある意味作戦の一つと言い聞かせて。
今は僅かな時間でも花音と過ごす時間は楽しいことに変わりはない。
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