第16話 食べ放題へ
「いらっしゃいませ。二名様でしょうか」
店員の問いに俺と花音は軽く頷く。
壁際に案内された俺たちは向かい合わせで座る。
「さて。じゃんじゃん食べるわよ」
花音は変装用の黒髮ウィッグを外した。
「おい。いいのかよ。それ取って」
「街中は危ないけど、店内に入っちゃえばこっちのものよ。それに匂いが付いちゃったら嫌だし」
「それもそうか」
俺も同じく変装用の帽子とサングラスを外した。
注文はタッチパネル式だ。食べたいものをまとめて注文する。
お互いの食べたいものを注文してテーブルに並べられた。
「ライスは頼まなかったのか?」
「米でお腹いっぱいにしたら勿体ないじゃない。せっかくの食べ放題なのに」
「米で肉を食べるのが旨いと思うんだけど」
花音は肉肉と言いながらサラダや生野菜を頼んでおり、バランスがしっかりしていた。それに対して俺は大盛りのライスにフライドポテト、揚げ物など目に付いたものを適当に注文していた。
それを見た花音は呆れるように言う。
「たっちーは食べ放題の基本がなっていないね」
「どういう意味だよ」
「欲望のままって感じ。後先考えていない注文の仕方ってこと」
「じゃ、花音は何だっていうんだよ」
「私? 私はバランスよく注文している。前菜の意味って分かる? 消化の助けになるから野菜を食べるのはいいことなの。コース料理だってそうじゃない」
「野菜で満腹になるのは勿体無いような」
「誰も野菜を満腹になるまで食べろって言っているわけじゃない。バランスが大切ってこと。じゃ、頂きます」
バランス重視の花音と欲望のままの俺はその差広がった。
最初はペースが良かった俺だったが、後半は食べるのも苦痛で腹を抑える始末だ。
「苦しい」
「胃が拒絶し始めたのね。前菜を食べないと胃に悪いのよ」
「関係あるのか? それ」
「大アリよ。でも満足ならいいと思うよ」
花音は鮮やかな指さばきでタッチパネルを操作する。
「まだ食べられるのか?」
「普段はこんなに食べないからね。今日は特別。せっかくの食べ放題なんだから時間いっぱいまで楽しまないと損じゃない」
「俺も少し休憩したら食べられると思う」
「無理しなくていいよ。食事は楽しむもの。苦痛ならもう辞めておきなさい」
「アイスクリームなら何とか」
「じゃ、頼んであげるね」
量でいえば俺の方が食べているはずだ。だが、食べ放題を最後まで楽しめたのは花音だった。
花音は最後まで満腹で苦しい表情を見せない。ずっと美味しいと幸せな顔だった。
「ふー。結構食べたわね。満足」
「久しぶりに満腹になったよ」
会計を済ませて店の外に出た。
「何だか今日はたっちーと一番長く一緒に居た気がする。一緒に勉強していつものやつもして焼肉食べ放題に行って。なかなかハードな日だったね」
「確かに。いつもはして終わりだからね」
「これも友達になったおかげだね。久しぶりに楽しんじゃった」
「解散の流れになっているけど、今日はもう解散?」
「まだ遊び足りないの? 元気だね。私は疲れちゃったよ」
「遊び足りないっていうか、もう少し花音と一緒に過ごしたいなって思っただけで」
「な、何よ。それ」
ポッと花音は頬を赤める。
「ごめん。変なこと言った」
「遊んでもいいけど、どこに行くのよ。あまり遅くなるのはダメだし、満腹で動き回るのも辛いし、時間があるとしても三十分か一時間くらいしかない」
「そうだよな。無茶を言ってごめん」
実際、人目を警戒しながら過ごさなければならないことに変わりはない。
それに短時間で何をしたらいいのか思いつかない。
ここは素直に解散が下手かもしれない。
「……!」
ふと、花音は視線を街中に向ける。
「どうかしたか?」
「いや、何か視線のようなものを感じて」
「え?」
誰かに見られているにしても街中には人が溢れている。誰がどこでなんて今の状況では分からない。
「たっちー。せっかくの誘いだけど、嫌な予感がするから私、帰るよ」
「いや、いいんだ。付き合わせちゃってごめん」
「うん。大丈夫。じゃ、帰るね。今日はありがとう。また遊びましょう」
「うん。気をつけて」
こうして俺たちは長い一日を過ごして解散した。
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