第8話 打ち合わせ
「もしもし。立川です」
『立川くん? 稲垣ですけど、今大丈夫ですか?』
「えぇ。大丈夫です」
『早速で申し訳ないけど、原稿はどうなっていますか?』
「えっと、勿論進んでいますよ」
『進んでいるってどこまで?』
「四割くらいです」
『四割? それは進んでいるって言いませんよ。こっちも商売なんですから期限は守って下さいよ?』
「も、勿論期限までには終わらせますよ」
『こんなことを言うのもあれですけど、自分が作家だと言うことを自覚して下さい。立川さんは今、良い傾向にあるんです。この状態を崩す訳にはいきません。一度、原稿を確認しますから明日時間を作れますか?』
「わ、分かりました」
『場所はいつものところ。時間は十時に待ち合わせでどうですか?』
「はい。それで構いません」
『では、また明日。よろしくお願いしますね』
慌ただしく電話を切られてしまった。
稲垣さんと言うのは出版社の編集担当者である。
そして俺は最近、書籍化を果たした駆け出しの作家である。
現に本屋には俺の書いた本が新刊コーナーで積み上げられていた。
Webサイトでランキング上位に組み込んだ結果、今の編集担当者の目に止まったと言うのが経緯である。
そして現在、俺は書籍化した第二巻の執筆中と言う状況だ。
書籍化できると思わなかったが、意外と読者の胸に刺さったのが転機だったと思う。
「続きどうしようか」
構成を考えながら俺は家に帰った。
作家になるつもりはなかったが、せっかく与えられたチャンス。
俺はこの経験を無駄にする訳にはいかないと必死に頭を悩ませてプロットだけでもとその日のうちに書き切った。
そして翌日。俺は稲垣さんと待ち合わせをしているカフェに来ていた。
「やぁ。立川くん。わざわざ足を運んでももらって悪いね」
「いえ、こちらこそわざわざすみません」
稲垣さんは無精髭を生やした三十五歳の独身だ。
編集部として中堅なのである程度のことは知っている。
「早速で申し訳ないけど、原稿を見せてもらえないかな?」
「はい。今、出来ている分はこちらのファイルです」
と、俺はノートパソコンの画面を見せた。
「なるほど」
「あの、面白いですか?」
「これ、この後どうなるの? その辺は考えてある?」
「一応、プロットは別のソフトにまとめてあります。見ますか?」
「拝見します」
しばらく無言が続き、俺は読んでいる様子をひたすら待った。
「へぇ、面白いじゃないか。やっぱり立川くんの書く文章は尖っているよ」
「そうでしょうか。単調な文を並べているだけなのですが」
「文章は単調なくらいが良い。変に難しくすると読者はおいてきぼりになってしまうから。それに物語の意外性がまた面白い。これなら第二巻も出せるよ」
「本当ですか?」
「あぁ。一巻は売れている。部数も増やして欲しいと依頼があったから」
「読者はあぁいう話がいいんですね」
「立川くんは自分の書いたものにいつも自信がないね」
「だって自分では当たり前のことを書いているだけですから」
「じゃ、君は天才タイプだよ」
「天才タイプ?」
「作家っていうのは大きく分けて二種類いる。一つは読者ニーズを考えて計算して分析をしながら執筆するタイプ。もう一つは自分の書きたいものを書いてそれが読者に受けるタイプ。つまり後者は天才タイプってことだよ」
「そういうことでしたら俺は前者のタイプかもしれません」
「そうなのかい?」
「自分の書きたいものを書いている訳ではありません。売れている本の傾向を分析してそれに似せて書いているだけです。勿論、そのまま書いている訳じゃなく自分のオリジナリティーは加えていますが」
「どちらにしても立川くんは作家として才能がある。この調子で第二巻も書き切ってくれ。読者は君の物語を待っているんだから」
「はい。じゃ、このプロットで仕上げて来ます」
「いつまでに出来そうかな?」
「一ヶ月あればなんとか」
「二週間で出来ない?」
「でも学校もありますし」
「君の本気を見せてくれ。二週間で頼むよ」
断れない強い眼差しが稲垣さんから発せられた。
「頑張ります」
俺は無理やり期限を早められて納得した。
こうなったら一度、本気で取り組んでみるか。
死ぬ気でやればなんとかなる。そう自分に言い聞かせた。
その日から俺は寝不足の日々を送ることになり、学校もちょくちょく休むことになる。それでも俺は気合いと根性で筆を走らせる。
やりきるんだ、俺。
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