第3話 噂
「
「え?」
女性職員は怪しむように言う。
「いえ、何でもありません。こっちの話です」
「それでは塾の説明の続きをしますので受付の方へお戻りください」
「あ、えっと……」
やばい。入学する気なんてないのにこれ以上、説明を聞いたら断るに断れなくなってしまう。
その時である。授業の終了を知らせるチャイムが響く。
教室からは続々と生徒が廊下へ出てくる。
このままではあの子と鉢合わせをしてしまう。
「すみません。ちょっとトイレに!」
「それでしたら正面に向かって左の角を曲がったところです」
「ありがとうございます」
俺は逃げるようにして男子トイレの個室に逃げ込んだ。
危なかった。後少し出遅れていたら鉢合わせてしまうところだった。
次の授業が始まるまでここで時間を過ごすしかない。
その後はこっそりと裏口からビルの外に脱出だ。
個室に篭っている時である。男子トイレに続々と生徒が入ってくる。
「おい。聞いたか?」
「何が?」
「最近、特進に入った栗見さんだよ」
「あぁ、可愛くて頭が良い茶髪の子だろ? それがどうしたんだよ」
生徒たちの会話に栗見という名前が出たことで俺は耳を傾ける。
「あの見た目で意外とヤっているらしいぜ」
「ヤっているってどういうこと?」
「分からないのか? セ○レだよ。そういう相手がいるって噂だよ」
「彼氏じゃなくてセ○レ? 何だよ、その羨ましい相手は。俺もあんな可愛い子とセフレになりてぇ」
その相手っていうのはもしかして俺のこと?
ヤバい。噂が立たないように最善の注意を払ってきたはずなのにこんなところで噂が広まっているとは不覚だ。だが、噂程度で留まっているので確信されている訳ではない。
「それにしてもそれってどこ情報だよ」
「さぁ、俺も風の噂で聞いたからよくわからないな」
「でもあんな純粋で真面目な子がそういうことするかな? 誰かの空似じゃないのか?」
「かもしれないな」
「お前、本人に聞いてみろよ」
「バカ。そんなこと聞けるわけないだろ。聞いた瞬間、一生軽蔑されるわ」
「ははっ! それは違いないな」
「やっぱただの噂だったのかな」
「でももし本当ならやばいよな」
「違いない」
雑談をするように男子学生はトイレから出て行った。
「ビックリした。マジかよ」
トイレの個室で心臓をバクバクさせながら俺は冷や汗が止まらない。
噂が流れていると本人に伝えるべきか。いや、そもそもどうしてそのことを知っているのかと問われれば答えようがない。
そろそろ休憩時間が終わった頃合いだと思い、俺はようやく個室から出た。
「非常口はどこかな?」
正面から堂々と出ると受付の人に見つかる可能性がある。
また入会の勧誘をされたら面倒だ。こっそりと誰にも気付かれずにここを出よう。人目を気にしながら俺は非常口を探し回る。
「こっちかな?」
入口から反対方向を目指して忍び寄る。
電光掲示板を頼りに何とか非常口を見つけ出して外へ脱出する。
「それより特進クラスか。凄いな」
名前と通っている予備校が知れただけでも大きな報酬だ。
まだまだ知りたいことは山ほどあるが、彼女は優等生であるということだろうか。真面目な印象からどうして俺とセフレ関係になったのか、謎が深まるばかりだ。
非常口から出てすぐのことである。ガチャッと扉が開いた。
ヤバい。誰か来た。隠れるようなところなんてない。
咄嗟に俺は後ろを振り向いて顔を隠した。
「うん。そう。その件に関しては前に言ったじゃん。何で分からないの?」
何か電話をしながら出て来た人物。どこか聞き覚えのある声と口調である。
この声ってもしかして。
「ねぇ、そこの人。そこで何をして……」
チラッと俺は声の人物に目を向けたその時である。
「ん、えっと……」
そこにはセ○レ相手である栗見花音の姿があったのだ。
俺は眼をそらした。
「ん?」と花音は俺の姿をジッと見つめる。
かなり怪しんでいる様子だった。
どうしてこんなところに彼女がいるんだ。今は授業中じゃなかったのか?
こんなの聞いていない。
俺は何とも言えない気持ちになり、逃げ出そうと走り出した。
「くっ!」
顔を両手で隠してその場から離れることしか考えられなかった。
前が全く見えなかったこともあり、俺はガンと派手に電信柱に頭をぶつけて居た。
「痛ってぇ! 血、出たかも!」
「ちょっと。あんた、人の顔を見てなんで逃げ出すのよ。顔、見せなさいよ」
花音にフードを鷲掴みにされた俺は逃げ場を失った。終わった。
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