第2話 イケメンのお客さま
翌朝、
兄弟が揃った朝ごはんの時に昨夜の
出勤する冬暉を見送り、
「おはようございまーす、こなやベーカリーでーす!」
9時頃、元気な挨拶を寄越しながら、裏口から白いエプロン姿の男性が入って来た。
こなやベーカリーは
シュガーパインでは開店当初から、こなやベーカリーから食事用のパンを
現在シュガーパインが建つ土地は、元々
なのでシュガーパインオープンに当たり、「パンをどうするか」の話し合いにおいて、兄弟間で
「おはようございまーす」
春眞はサラダや添え付け用のベビーリーフの水切りをしていた手を止めて、裏口に粉屋さんを出迎えに行く。
「お世話になってます」
「こっちこそ毎度ありがとな!」
春眞は粉屋さんが両手で抱えているばんじゅうを受け取り、傍らの台に置いた。中に入っているパンに
「今朝もええ匂いですね〜、美味しそうです」
「そうやろそうやろ! 今朝も会心の出来やで!」
ばんじゅうにはバタールが10本、整然と置かれていた。シュガーパインでは食事セットメニューでパンかライスを選べ、パンの場合はカットしたバタールを提供している。もちろん単品での提供もある。ちなみに良く出るのはパンである。
「ところでよ春坊、昨日だか今朝だかに、長居公園で自殺してもたやつがおったらしいなぁ」
「あ、今朝のニュースで見ましたよ。物騒ですよね」
「何もあんなとこ選ばんでもなぁ。縁起が悪いったらありゃせんわ」
「ほな、今日は公園立ち入り禁止とかですかね? あ、でもめっちゃ広いし、現場の周辺だけとか」
「いやぁ、それは判らへんけどよ、されてへんくてもよ、親御さんなんかはガキ遊びに行かせるんは控えるんや無いか?」
「ああ、かも知れませんね」
そんな世間話を少しして、粉家さんは帰って行った。春眞はバタールのばんじゅうを抱え、店内に戻る。
「パン来たで。今日も美味しそうや」
「粉家ちゃんのパンは毎日美味しいわよね〜。
「残っとったらね」
お昼の賄いと晩ごはんの主食がパンになるかライスになるかは、その時点での残量による。とは言いながらも余裕を持って仕入れるので、幸い食べられない日は無いのである。
下
と同時に、ドアが開かれた。
「いらっしゃ、あれ?」
お迎えの言葉を切ってしまった春眞の視線の先に立っていたのは、冬暉と夕子だった。
「オープン早々悪ぃ、仕事でよ」
「ごめんやで、営業中に」
刑事である冬暉と夕子が、仕事でシュガーパインに来たと言うことは。
「聞き込み? 聞き込み!?」
茉夏がわくわくした様子で身を乗り出した。
「そう。この男性なんやけど、見覚えあれへんかなぁ」
夕子が差し出したタブレットを、春眞と茉夏が
「これCGですか?」
「そう。今朝長居公園で発見された死体のね。CGで作成してん」
水色一色の背景に、無表情の男性の胸元から上が表示されていた。本物の写真と比較したら
「あ、長居公園て今朝のニュースで見たやつ。確か自殺って」
「あら、そんなんやってたの〜?」
秋都が目を丸くし、春眞は「うん」と頷いた。
「着替えながらちょろっと見ただけやけどね。で、身元不明って?」
「ああ。まだ不明のままな。身元が判る様なもんは持ってへんかったんやけど、財布にレシートがごっそり入っとってよ、そん中にここのもあってん。今それを
「ん〜……」
春眞が眉をしかめる。何か引っかかりを感じていた。
「どうしたん? 春眞くん」
「結構なイケメンやと思いまして」
「何、春ちゃん、そういう趣味!?」
「んな訳あるかい」
茉夏が大げさに驚いたのを、即座に潰す。もちろん茉夏も本気で言ったのでは無いだろう。
「ま、確かにイケメンやんね。でもボク、人の顔覚えるん得意や無いからなぁ」
「僕もこう、薄っすらと思い出す様な思い出さん様な」
春眞は眉をひそめて唸り出す。
「財布にね、ここのレシートが3枚あってん。しかも3日連続で同じ様な時間に来とった。覚え無いやろか」
「それ、いつ頃の事かしら〜?」
「いちばん古いんで2週間前ですかね」
「こんなイケメンやったら、私も覚えてそうなもんなんやけど〜」
兄ちゃん、ほんまに営業オネエなんか? ついそう疑ってしまいたくなりそうな台詞だが、今はとりあえす置いておいて。
「何食べてたとか判ります?」
「えっとね」
夕子がタブレットを操作する。春眞がちらりと画面を見ると、撮影したであろうレシートが表示されていた。
「それぞれドリンクが2杯ずつ。2日目はひとつがチーズケーキのセットやね」
「てことはふたりで来とった……、3日連続、……あっ!」
目を細めて記憶を探っていた春眞が顔を上げた。
「思い出したかも! 3日連続違う女性と来とった人や無いかな」
「凄い春ちゃん、よう思い出したね。常連さんでも無いのに」
「2日目来はった時に、あ、昨日のお客さんやって流石に思って、でも連れてる女性が前日と
「まさかの3股? どんな女性やったん?」
夕子の問いに、春眞はまた記憶を巡らす。
「こう、いわゆるバリキャリっちゅうか、そんな雰囲気の女性ばっかり。スーツとかを綺麗にきっちり着込んで、アクセサリも化粧もきっちり」
「……あ、ボクも何となく思い出したかも。結構綺麗な人ばかりやったよね」
「そうそう」
春眞の言葉で、茉夏も接客していた時の記憶が掘り起こされたのだろう。春眞がうんうんと頷く。
「常連や無いんか。じゃあ名前とかは判らんな」
冬暉が溜め息を吐き、春眞は申し訳無さそうに頭を掻いた。
「うん、悪いけど」
「いやいや、悪無い悪無い」
夕子が微笑を浮かべて手を振る。
「ま、他のお店に期待しましょ。他の捜査員も動いとるしねー」
「夕子さん、身元判ったら教えてね!」
茉夏の表情はきらきらと輝いている。好奇心が刺激されているのだろう。
「ん。帰りに寄らせてもらうね。また晩ご飯食べさせて〜。勿論お代は払うから」
「いつでも食べに来てね〜。進展次第によっては、また帰るん遅うなるんでしょ〜?」
夕子はシュガーパインが開店してから、仕事が多忙になり帰りが遅くなる時には、里中家に寄って晩ご飯を食べていた。もちろん材料費は支払ってくれている。秋都はいらないと言ったが、払った方が遠慮無く食べに来れるからと夕子が言うので、受け取る事にしたのだ。
「ですねぇ。さて、どう転がるかやな」
夕子がにやりと口角を上げた。
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