第102話 告白

 凛子ちゃんに別れを告げて家へと帰る。僕は運転中に気持ちを切り替える。これから菜々子ちゃんへ返事をする。僕の気持ちは固まっている。


 家に到着して、自分の部屋へ行く。居間や台所に母の姿はない。トイレにでもいるのだろう。


 部屋に近づくと話し声が聞こえる。菜々子ちゃんと母さんの声だ。


「ただいま」


 部屋の扉は開いていた。ボクは二人に声をかける。二人は写真アルバムを畳に広げて楽しそうに会話をしていた。


「テツさん。お帰りなさい」


 菜々子ちゃんはボクに微笑む。母さんも僕を見ている。一人になった菜々子ちゃんが退屈しないように母は気遣ってくれていたようだ。


「そのアルバムは僕の小さい頃の写真だよね」


「そうよ。菜々子ちゃんにテツの小さい頃の写真を見せていたの」


「テツさんの幼少期はとっても可愛いですね」


 僕も二人に近づいて座った。楽しそうにしている二人を見ていると母を部屋から追い出す事はできない。しばらく付き合おう。


 写真アルバムのページを二人はゆっくりとめくっていく。


「あ……ふふ、懐かしいわね。まさかまた菜々子ちゃんに会えるなんて思ってなかったわ」


 母の視線の先にある一枚の写真。それを見ながら不可解な言葉を発した母親。写真は僕が小学低学年の頃の写真だ。この写真はいつ撮ったのだろう? 記憶にない。ベッドのある部屋で僕とお人形のような可愛い女の子が並んで写っている。


 自分の記憶を掘り起こす。これは……あ、そうだ思い出した。祖母が入院していた病院にお見舞いに行った時の写真だ。確か……お見舞いの帰る途中に知らないおばさんが両親と僕に声をかけて、自分の子供と遊んでください。と頼まれた。僕はおばさんの子供と遊んだ。その時に僕と女の子が並んで一緒に撮った写真だ。


 写真にうつる女の子を見る。あれ? っと思い、菜々子ちゃんを見る。そしてまた写真に視線を戻す。似ている。交互に見るのを二、三回繰り返す。先ほどの母親の意味不明な言葉を考えながら。母さんは写真を見ながら菜々子ちゃんに会えるとは思っていなかった。と言った。


『わたしは、しらゆきななこです』


 唐突に思い出した女の子の自己紹介をしている姿。僕は写真から菜々子ちゃんに視線を移動した。


「そっか……あの時の女の子は菜々子ちゃんだったんだね」


「はい。そうです」


 僕は菜々子ちゃんを見つめた。完全に忘れていた。思い出すこともできないくらいに。


「あ、そうだった。お母さんは買い物があったわ。テツ、菜々子さん、私は二時間ほど買い物で出かけるから、お留守番よろしくね。二時間は帰って来ないからね」


 そう言って母さんは部屋を出て行った。どうやら気を遣ってくれたみたいだ。


 菜々子ちゃんと二人きりになった部屋で、しばらく沈黙が続いた。僕は気持ちを落ち着かせている。菜々子ちゃんは何も言わずに僕の言葉を待っている。


 僕は深呼吸をした。そして菜々子ちゃんを真っ直ぐに見つめた。


「菜々子ちゃん、凛子ちゃんからの交際の申し込みは断ってきた。そして別れを告げてきた。彼女との関係はもう終わりにする。僕の気持ちは固まった。だから、菜々子ちゃんへの返事をするね」


「はい」


 菜々子ちゃんは頷きながら返事をして、僕を見つめる。


「菜々子ちゃん、僕はキミのことが好きだ。特別な存在になっている。これからは菜々子ちゃんだけを大切にしたい」


 菜々子ちゃんは嬉しそうな表情になり目から涙がこぼれた。


「テツさん、私は初めて会ったあの日からテツさんは特別な存在でした。そしてこれからも大切な存在です。あの時、病院で出会ってからずっと好きでした」


 今だから分かる。元嫁で苦しみ自分を騙して耐えていた時、僕は菜々子ちゃんに癒されていた。彼女の笑顔や温かい言葉に励まされていた。菜々子ちゃんがいなければ、僕は壊れていただろう。


 二人で共有する時間は、いつも特別なものだった。美容室に手伝いに行った時、菜々子ちゃんと一緒に仕事をして過ごした時間には小さな幸せがたくさん詰まっていた。僕は自分の気持ちに気づかないふりをしていた。数年前から僕は菜々子ちゃんのことが好きだった。


「菜々子ちゃん、君が僕の人生に現れてくれて本当にありがとう。これからも一緒にいてほしい。菜々子ちゃん、僕と結婚を前提の恋人になってくれませんか?」


「はい、私、テツさんの結婚前提の恋人になります。不束者ふつつかものですがよろしくお願いします」


「菜々子ちゃん、僕の方こそよろしくお願いします」


 菜々子ちゃんは涙を流しながら、嬉しさと感動が込み上げるような笑顔で僕を見ている。


「テツさん……私はいつでもあなたと一緒にいたかった。テツさんが幸せなら、私でなくても良いと思っていました。だけどやっぱり……テツさんは誰にも渡したくないです。私を選んでくれてありがとうございます。テツさん、大好きです」


 菜々子ちゃんが僕に抱きつく。僕も菜々子ちゃんを抱きしめた。彼女の温もりで僕の心は喜びと幸せに満たされた。

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