第101話 凛子ちゃんへの返事

 菜々子ちゃんを僕が使っている畳の部屋に案内する。移動中、元妻由里香のことで菜々子ちゃんに謝罪。菜々子ちゃんも介入したことを僕に謝罪した。そして部屋に入ると対面して座った。


「菜々子ちゃん、僕を好きになってくれてありがとう。それと、僕と結婚前提の恋人になりたいって、本気なの?」


「はい。私はテツさんが好きです。これからもずっと好きです」


 菜々子ちゃんは真剣な眼差しで僕を見つめる。


「菜々子ちゃん、すぐに返事ができなくてゴメン。実は僕、別の女性からも交際を申し込まれているんだ。覚えてるかな? 酒屋の凛子ちゃん。菜々子ちゃんが悩みがある人だから助けてあげてと言った人のこと。その人からの告白の返事を僕は保留してる。だから菜々子ちゃんより先に、その人に返事をしようと思う。そのあとに菜々子ちゃんに返事をするでいいかな? ゴメンね。自分勝手で」


「私……ここに来る前に凛子さんに会いに行きました。テツさんに告白すると伝えに」


「え? そうなの? どうして?」


「私は、凛子さんとは一度しかお会いしていませんが、テツさんに好意を持っていると気づいていました。女の勘です。私はテツさんのことになると敏感になるんですよね。だから私が告白をして、もし私とテツさんが恋人になったら、凛子さんに告白の機会を奪ってしまうと思い行きました。その時、凛子さんがすでに告白をしていて、その返事は保留中と聞きました」


「そっか……菜々子ちゃんは優しいね」


「私は優しくはないですよ。自分勝手なだけです」


「菜々子ちゃん、僕が凛子ちゃんの保留中の理由を教えるね。僕はね、凛子ちゃんと菜々子ちゃん、二人を同じくらい好きになってしまったんだ。二人同時に好きになる自分は情け無いと思っている。もちろん二人から告白されたから好きになったのではなく、その前から好きになってた。僕に優しくしてくれる二人に甘えていた。居心地のいい関係が壊れるのが嫌だった。だからどちらかに決められなかった。でも、菜々子ちゃんから告白されてはっきりと分かった。僕の二人に対する好きな気持ちに違いがあると。だから僕の気持ちを二人に告げようと思う。先に告白してくれた凛子ちゃんに返事をしたい。それから菜々子ちゃんに返事をしてもいいかな?」


「はい。私は大丈夫です」


「ありがとう。僕は今から凛子ちゃんの家に行くね。菜々子ちゃんはどうする? 一旦帰る?」


「私は、テツさんが帰って来るまでここで待ってます」


 菜々子ちゃんは不安そうな顔で微笑む。彼女を不安にさせている自分が情けない。


「あのさ菜々子ちゃん……戻ってきたら、菜々子ちゃんが悲しむ言葉は絶対に使わないから……ゴメン、これ以上言うと、凛子ちゃんと向き合えなくなる。だから……自分勝手でゴメンね」


「テツさん……私、待ってますね」


 菜々子ちゃんの顔から不安は消えて、嬉しそうな表情になる。


「ありがと。じゃあ、行ってくるね」


「はい」


 僕は菜々子ちゃんを残して部屋を出た。そして母から自家用車の鍵を借りて、外の駐車場にある車に乗り込む。


 運転席でフーっと深呼吸をする。これから凛子ちゃんの家に行く。出発前に凛子ちゃんが家にいるのか確認の電話をかけようとズボンのポケットからスマホを取り出す。


 画面を操作して通話ボタンを押す直前に指を止める。凛子ちゃんに電話をすれば、彼女は電話で話を済ませようとするのかもしれない。そう思った僕は電話をかけずに凛子ちゃんの家へと車を走らせた。


 凛子ちゃんの家に向かっていた僕は車を走らせながら考えるうちに、心の中で迷いが生じていた。


「凛子ちゃんと菜々子ちゃん、どちらを選ぶべきなんだろう……」


 それぞれの魅力や自分の気持ちを考え、決心はしていた。菜々子ちゃんは優しくて真面目な性格で、僕を大切に思ってくれる存在。凛子ちゃんは明るく頑張り屋で、お互いを高め合える関係が築けそうだ。蒼太くんも僕と仲がいい。きっと幸せな家庭になると思う。


「どちらとも幸せになれるよね……」


 凛子ちゃんとの関係が特別なものだったことは感じている。彼女との思い出や過ごした時間が心の中で鮮明によみがえる。


 二人同時に……イヤイヤ、甘えてはダメだ……凛子ちゃんゴメン。僕は菜々子ちゃんを一生大切にしようと決めたんだ。


 ◇◆◇


 凛子ちゃんの店舗兼家に到着。駐車場に入ると、凛子ちゃんが配達用の軽トラックからおりているのが見えた。


 僕は凛子ちゃんが降りた軽トラックの真横に車を止め、車からおりる。


「凛子ちゃん」


「テツ……」


 僕の顔を見て悲しそうな顔をする凛子ちゃん。その顔を見ると、僕はの気持ちを伝えるのが辛くなる。だけど、伝えないと先に進めない。


「凛子ちゃん。大事な話があるんだけど、少し時間もらえないかな?」


「うん……いいよ。大事な話って私の告白の返事だよね」


「うんそう」


「テツの返事は……私が喜ぶものではない……よね?」


「うん……そうだね。ゴメン。僕は凛子ちゃんと恋人関係にはなれない」


「そっか……分かった。テツ、私を好きになってくれてありがと」


「うん。ゴメンね……あのさ、菜々子ちゃん本人から聞いたけど、ここに菜々子ちゃんが来たんだよね」


「……うん。律儀にね。テツが私に会いに来たと言うことは菜々子さんも告白したのね」


「うん」


「返事はしたの?」


「まだだよ。僕の家で待ってもらってる。凛子ちゃんへの返事が先だと思って……」


 凛子ちゃんはクスッと笑った。


「二人とも律儀だなぁ。お似合いすぎるよ。私は最初から勝ち目がなかったね」


「……ゴメン」


「気にしなくていいよ。フラれてスッキリしたよ。もしテツが、『凛子ちゃんと菜々子ちゃんを選べない、二人と付き合う』なんて言っていたら恋もさめて絶交してたよ」


「そ、そうなんだ。それは考えてなかった」


 凛子ちゃんと菜々子ちゃんを二人を恋人にする……チラッと頭をよぎったけど、その考えはすぐに消した。男としてそれはダメな気がした。


「テツ、菜々子さんを待たせてるんでしょ? 早く帰ってあげて」


「うん。分かった」


「しっかり告白しなさいよ。テツのことを一途に想っていた女性なんだからね。あんなに素敵な子は二度と会えないわよ。あんなに可憐な子がテツを好きになるって奇跡なんだからね」


「えっと……凛子ちゃん、僕のことをけなしてる?」


「してないしてない。菜々子さんが素敵な人と言ってるだけ。別に貶してないよ。テツ、菜々子さんと幸せになってね」


 凛子ちゃんは僕に微笑む。


「うん。ありがと。菜々子ちゃんには『結婚前提に付き合って下さい』って言うよ」


「うん。二人ならきっと幸せになれるよ」


「凛子ちゃん、今までありがと。この島に戻ってきて凛子ちゃんに会えて本当に良かった。凛子ちゃんに会っていなかったら、僕は家から一歩も出ない人生になっていたと思う」


「私もテツと再会できて良かった。テツにいっぱい助けてもらったね。テツがいなけれは、私とこの酒屋はどうなっていたのか分からない。テツは私の恩人だよ。本当にありがと。テツと過ごした時間は、とっても楽しかったよ」


「僕も楽しかったよ。じゃあ、そろそろ行くね」


「うん。テツ、バイバイ」


 そして僕は、凛子ちゃんに別れを告げて車に乗り込む。窓を開けて再度凛子ちゃんに挨拶をして、菜々子ちゃんが待っている家に帰るため、車を発進させた。

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