第99話 押し問答。

 由里香は僕ともう一度、夫婦としてやり直したいと言っている。しかも夫婦の営みつき。


 もちろん僕は拒絶する。由里香とはゴメンだ。


「由里香、帰ってくれないか? 僕はキミとは復縁はしない。絶対にだ。他の男を探しなよ」


「都合いい男を探すのはめんどくさいのよ。だからお願い」


「それは僕が都合のいい男ってことだね」


「ふふ、そうよ。でも今回はwin-winの関係よ。テツは実家にいるという事は、引きこもりのニートでしょ。しかも童貞。予測ができたからここにきたけど、ズバリそうでしょ? だから、私と夫婦に戻れば、社会復帰もできて、童貞も卒業。しかも私という美しい嫁も手に入れて、一石三鳥じゃない。いいことばかり。悪いことなんて一つもないわよね。はい、決定。役所に今すぐに行きましょう」


 由里香は僕と手を繋ごうとする。僕は彼女の手を振り払い拒絶した。


「由里香、キミとは終わったんだ。もう一度はないよ」


 と、僕は静かに言った。由里香は少し困った表情を浮かべた。


「でも、私たちは以前にも幸せだったでしょう? なぜもう一度試さないの?」


「由里香、確かに過去には良い思い出はあった。キミと出会った当初だけね。それは否定しない。キミは最後まで幸せなだったのかもしれないけど、僕の結婚生活は苦痛の連続だった。不倫までしたのに、よくそんなことが言えるね。馬鹿の極みだよ」


 僕は深いため息をはいた。僕の言葉を聞いていた由里香は目を潤ませた。


「でも、でもね、私には本当にテツが必要なの。あなたと再び一緒にいたいの」


 僕は彼女を理解できない。演技をしてまで僕に固執する理由が分からない。


「由里香、キミの要求は自分勝手だ。僕の気持ちや進むべき道を無視して、ただ自分の都合だけを押し付けている。涙を見せて懇願しても、うん、分かった。とは言わない」


「でも、まだチャンスはゼロじゃないでしょ? もう一度やり直せる可能性があるんだから、それを捨てるのはもったいないわよ」


 僕は自分勝手すぎる彼女に対して絶対に決別をすると決意した。


「由里香、僕たちの関係は終わったんだ。君が望む未来に僕はいない」


 彼女の表情は悲しみに変わり、涙が溢れた。


「私は本当は……テツを愛しているの。だから、そんな悲しいことを言わないで」


 ……由里香の口から僕を愛してるという言葉。初めて聞いた。


「由里香、キミの気持ちがようやく分かったよ。嫌いな人からの好意に対しての嫌悪感はハンパないね。一緒に住んでいて苦痛だったよね。だから、僕はキミとやり直す気持ちは毛頭ない。それに、不倫をして一度も謝らない人を許すわけないでしょ」


「嫌悪感や苦痛は我慢すればいいのよ。私が謝ればいいのね。今までごめんなさい。これでいいでしょ」


 由里香は開き直っている。やはり演技だった。


「今さら謝っても、許すわけないでしょ。キミとは赤の他人なんだ。これ以上僕につきまとうなら警察を呼ぶよ。さっさとここから去って磯野泰造のところにでも行くといいよ」


「あの人とは連絡取れないから無理なの。いま、どこで何をしているのか分からないわ」


 僕と由里香のいつ終わるのか分からない押し問答をしていると、タクシーが家の前で止まった。そして後部座席の扉が開き、菜々子ちゃんが降りた。僕と由里香を見ると顔が険しくなる。


 菜々子ちゃんは一直線で僕と由里香に歩いて近づく。


「由里香さん。何故あなたがココにいるのですか?」


 語気を強めて菜々子ちゃんは由里香に尋ねる。これほど怒っている菜々子ちゃんの姿は、僕の記憶の中では一度もない。


「あらあら、そんなに怒ると可愛いお顔が台無しよ。もっとおしとやかにしたら?」


「私は聖女や淑女ではありません。嫌いな人に愛想をよくする人間性は持ち合わせていません。それから、私の質問に答えてください」


「答える必要はないけど、いいわ、特別に女狐に教えてあげる。私とテツは復縁して夫婦の関係に戻るのよ。残念だったわね。あなたの割り込む隙間はないわよ」

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