第98話 僕と由里香の攻防戦。
由里香に話が通じない。由里香は今でも僕のことを夫婦の頃の従順な夫だと思っているようだ。
「……由里香、悪いけどキミには興味がない。今の僕には不必要な存在だ。キミに対しての愛などない」
「はいはい。テツくんは大人になりましたね〜。今だけよ。そんな生意気なことを私に言えるのは。また首輪をつけて紐で行動範囲制限の罰を与えるわよ」
「……由里香、キミとは赤の他人なんだ。僕は愚かにもキミの行動を容認してきた。そんなことはもう出来ない。いや、夫婦の頃にもしてはいけなかったんだよ。だから接近禁止令が出たんだよ。生意気な態度? キミは何か勘違いをしているね。僕はね、由里香と磯野泰造、キミたちの二人のおかげで、冷酷無情な人間になれたのさ」
そして僕は由里香を睨みつける。
「な、なにカッコつけてるのよ。テツのくせに」
「そうだね。僕を便利な道具程度にしか思っていないキミから見たら、そんな言葉も出てくるだろうね。僕がこんなにもはっきりと拒絶していても理解できないんだね。情けないよ。キミは頭の弱い人間と分かっていても、そのさらに斜め上の精神異常者だったとはね」
僕の言葉に由里香の顔色が変わる。怒りで僕を睨みつけている。そして僕に向かって一歩近づいた。
由里香の手は高く掲げられ、そしてその手は僕の頬へと振り下ろされた。
だけど、その手は僕の頬に届かなかった。僕は由里香の手を素早く掴み、そして力強く引き寄せた。
僕と由里香の顔が近い。こんなにも近づいたことはない。僕は眉間に深いしわを刻み、目を怒りに満たせ、彼女を睨みつけた。
「は、離しなさいよっ」
抵抗する由里香。僕の固い握りは彼女の手首を締めつける。
「い、痛い。お願い離して」
「痛いよね。由里香、僕はね、この程度のことはいつでも出来たのさ。だけどしなかった。しなかった理由は分かるでしょ? 今のキミのように恐怖を与えたくなかったからだよ」
「分かった。分かったから早く離してよ。お願い」
少し怯えた表情を見せる由里香。僕が手を離すと由里香はすぐに離れた。そして掴まれていた手首を撫でている。
「由里香、力ずくでは何も解決しないって分かった?」
僕は沈黙を破り、鋭い口調で言った。
「……分かったわよ。テツ、あなたは私の知っているテツじゃないのね。その姿が本来のあなたなの?」
由里香に先ほどまでの怯えた雰囲気はない。
「……そうだね。僕の真の姿は冷酷で暴力的な男なのかもね。だけど僕が冷酷になれる相手は、今のところはキミと磯野泰造だけだね」
「そう、分かったわ。テツは私のことはもう愛していないのね」
「もちろん愛などないよ。キミと同じさ。だからもう、僕に関わらないでくれないか」
由里香は僕が愛していないと理解してくれたみたいだ。これで帰るだろう。だけど疑問も残る。どうして僕と復縁なんて言い出した? なぜわざわざ会いきた? 磯野泰造は言っていた。由里香と縁を切ったと。だから僕と元鞘に戻りたいのか? でも何故? いや、もしかして……。
「テツ……私ね、全てを失ったの。そしてね、多額の借金だけが残ったの。お願いテツ、助けて」
先ほどまでの横柄な態度から、真逆の弱々しい姿に急変する由里香。僕の予想は当たった。あんな経営をしてたら、お店が潰れるのは当然だ。
「自己破産すればいいと思う」
僕は由里香に提案した。
「多額と言っても返せない額じゃないの。テツが頑張って働けば返せるの。お願い助けて」
「その言い方だと僕だけ働くみたいだね。由里香は働かないの?」
「私は働かない。今までのお詫びも兼ねてテツだけに尽くすわ。家のことは私に任せていいわよ。そして、私のために頑張っているテツのために、あなたの望んでいた夫婦としての夜の生活もしてあげるわよ。毎日しましょ。いっぱい奉仕もしてあげる。どう? 破格の条件でしょ。お互い愛はなくても、次は失敗せずに、うまくやっていけるわよ」
そして由里香は僕にニッコリと微笑んだ。その笑顔を見て、僕の彼女への対応が冷酷から冷淡へとバージョンアップした。
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