第97話 僕と元妻・由里香。
昨日の夜、菜々子ちゃんから電話があり、今日の午後から遊びに行きたいと言われた。僕は快諾した。
僕は今、自分の部屋全体に丁寧に掃除機をかけ終えた。現在の時刻は十二時三十分。彼女がいつ来ても大丈夫な状態になった。
いつ頃からだろうか? 菜々子ちゃんに会えるのが嬉しいと思うようになったのは。二日前の日曜日の佐藤君の結婚披露宴に出席して、幸せそうな新郎新婦を見て、羨ましく思ってしまった。
そして昨日の月曜日、一日中考えていた。僕は凛子ちゃんからの告白を保留している。その返事をしなければならないと。
——ピンポーン。
玄関のチャイムの音が鳴る。部屋の扉を開けていたのでハッキリと聞こえた。菜々子ちゃんだろう。僕は掃除機を片手に持ち自分の部屋を出て、玄関へ向かう。途中、掃除機を片付け、居間でお昼ご飯を食べている母親に来客は自分が対応すると伝えた。
玄関に到着して扉を開ける。
「テツ、久しぶりね。元気にしてた?」
目の前に現れたのは菜々子ちゃんではなく、元妻の由里香だった。
「由里香……どうしてここに……」
「テツに会いたくなったから来たのよ……ダメ?」
僕の同期、磯野泰造と浮気をし離婚した元妻、由里香。二度と会うことはないと思っていた人物。
離婚した当初は未練はあった。今思うと、あの頃の僕は狂っていた。実家に帰ってきて人間らしい生活と親切な人との交友で目が覚めた。
由里香は初めての恋人だった。どんな状況になっても恋人の由里香を支えていくと、馬鹿な正義感を持っていた。
僕は大学生の頃から由里香に嫌なことをされても、愛する恋人だからと自分自身に言い聞かせ、全てを許してきた。愛という都合の良い言葉で、自由のない束縛などの苦痛からの逃避をしたいがために錯覚させていた。
だから、どんな無理な事にも耐えれた。夫婦の営みを拒絶されても大丈夫だった。でも、他の男とホテルから出てきたのを目撃した時、心が折れてしまった。僕の愛が伝わらなかったとショックだった。
だけど僕は分かっている。所詮僕は自分の価値観と恋愛をして、由里香を見てはいなかった。僕の恋愛観に彼女を巻き込んだ。だけど、自分のアホな性格に巻き込んだと言っても、彼女が僕にしてきた数々の愚行は許さないよ。
今の僕の心に由里香への愛情は破片も残っていない。目の前にいる由里香を見ても、愛おしくは思わない。性格が歪んでいる腐った女性と認識している。
僕は玄関内から外に出て扉を閉めた。
「で? 僕に何かよう?」
僕は冷めた口調と態度で由里香に接した。
「え? なにその態度? テツのくせに生意気ね。あなたの愛する妻が、わざわざ会いに来てあげたのよ。感動の再会で泣いて喜びなさいよ」
由里香の言葉に、スーっと僕の心が堕ちていく。こんな経験は初めてだ。
「……僕が泣いて喜ぶ? 由里香を愛している? いつの話をしてる? そんなのはキミと初めて会って恋人になるまで、だよ。懐かしいね。僕はあの頃からキミに騙されていたんだね」
「何を言ってるの? あなた本当にテツなの? 私と離婚して、悲しくて頭がおかしくなったの?」
「僕は正常だよ。むしろキミと過ごしていた時が狂っていたのさ。それから、キミはもう僕の妻じゃない。元妻、今の僕には最も不要な存在だ」
僕は凍てつく視線で由里香を見る。僕の視線に彼女は一瞬怯えたけど、ニコリと微笑む。
「あらあら、テツの怖い顔は初めて見るわね。なかなか素敵じゃない。でもね、そんな演技をしなくても大丈夫よ。テツの思惑は分かってるわ。大好きな私と復縁をして夫婦に戻りたいのよね。安心して、その願い叶えてあげるわ」
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