第5話
「ふざけんなよ……ふざけんなっ!!」
俺は叫んだ。怒りのままに叫んだ。
だってそうだろ!? 逆恨みで人をこんな場所に……ふざけんじゃねぇ!!
ギャーギャー喚いた。手足を振り回して騒いだ。
喉が枯れるくらい叫んで、子どものように泣いた……
もう、何が何だかわからなかった。
どうすればいいのか。何でこんなことになったのか。
誰もいないこの場所で、ただただ怒り、泣き叫ぶことしかできなかった。
涙が止まらない。汚い叫び声もずっと出ていた。
何も考えられない。何も分からない。
この時初めて、俺は身をもって知った。
これが“絶望”なんだと。
ズシン……! ズシン……!
理性で押さえつけることのできなかった怒りと悲しみ……絶望が、謎の音によってピタリと止まった。
“恐怖”によって、俺の絶望はあっさりと押さえつけられてしまった。
木々の間からその足音の主が見えた。
体長が何メートルもある屈強な怪物。そいつと目が合う。
そいつは言うならば……骨が剥き出しになった二足歩行の恐竜だ。
「う、うう……うわああぁぁぁー!??」
「ギョアアァ―!」
俺は無意識の内に逃げ出していた。
ぬかるむ大地を蹴り上げ、転びそうになりながら走った。
振り向かず、ただただひたすらに、がむしゃらに逃げた。
そのとき、一瞬だけ大きな影が俺の真上を通り過ぎた。そして――
ズゴーン!
「うあっ!!?」
目の前に突然大きな岩が降ってきた。衝撃で後方に吹っ飛ぶ俺。
泥や砕けた石が身体にぶつかる。石が右頬をかすめて出血した。膝も擦りむいた上に泥をかぶってものすごく痛い。
痛い筈なのだが、そんなことが気にならなくなるほど動揺と恐怖が勝っていた。
「う、うううぅ……!」
声が引きつっていた。顔は汗と涙と泥と血でぐしゃぐしゃだった。
そんな俺のことなどお構いなしにまた新たな岩が降ってきた。今度は少し逸れた位置だ。
何で岩なんかが降ってくるのか。その正体はさっきの怪物。あいつが岩山の岩石を俺目がけて頬り投げていた。あまりの怪力に腰が抜けそうになる。
俺の災難はまだ続いた。
「ピキャーン!」
甲高い鳥の鳴き声のようなものが聞こえたと思えば、突然突風が吹き荒れて俺は吹っ飛んだ。
「うわっ! がっ……!」
数メートル吹っ飛ばされて背中が木の幹に激突。痛みに耐えながらなんとか目を開けると、そこには翼を生やした怪物がいた。
角と牙の生えた翼竜のような姿の化け物。さっきの骨の化け物と同様に数メートルある体長で俺を追いかけてきた。
「……っ! ……っぁ!」
もう声も出なかった。恐怖と痛みでパニックを起こして声も出ない。確かに言えることはそれだけ。
走って逃げる俺に怪物は簡単に追いつき、上空から俺を狙う。
「っ!? ぅお、ぁあ!」
地表に浮き出た木の根っこに躓いて転倒。そして怪物が一気に距離を詰めてきた。
「あ、あっ、うわあああああああああ!!」
食われる! 潰される! 殺される! 頭の中はそれに支配されていた。
ズガン!
だが、辛うじてそうはならなかった。
飛来した岩石が怪物に命中。嫌な音を立てて怪物は吹っ飛んだ。
岩が飛んできた方を見るとさっきの骨の怪物が雄たけびを上げている。俺を取られたかと思ったのか、それとも気に入らなかったのか、怪物同士の争いへとシフトしていった。
怪物同士の激突はすさまじいもので、俺はボロボロの身体を引きずってなんとかこの場から逃げ出した。
「ぜぇ……ぜぇ……うっぷ……!」
碌に動かない身体に鞭を打ち、どうにかこうにか怪物たちの縄張りを抜け出した。
息は絶え絶え。吐き気もある。身体中傷だらけの泥まみれ。視界は若干かすみ、思考が回らない。
木にもたれて背中を預けながら、もう死ぬのかもしれないと、そんなことしか頭に浮かばなかった。
……少し落ち着いてきた。もう随分と薄暗くなってきた。
もうあと一時間もしないうちに空は真っ暗になるだろう。そう思ったら心臓がバクンッ! バクンッ! と破裂するかもしれない勢いで鼓動する。
こんなジャングルで野宿!? 冗談じゃない!
どこか安全な場所へ、せめて洞窟とか……急いで探さないと。奮起して立ち上がった瞬間――
「っ! うあっ!? なんだこれ……!」
植物のツタが襲ってきた。明らかに意思がある動きで俺の身体に巻きつく。
「くそっ! もぅ……次から次へと」
半ベソをかいていたと思う。この時の俺は。それだけ次々と起こる怪奇な現象に参っていた。疲れ切っていた。
意識が遠のいていく……首に巻きついたツタが絞まっているのがわかる。
脚は地面についていない。きっとツタに吊られた状態なんだろう。首や腕、胸にチクッとした感触。そこから血が吸われているようだった。
薄れていく意識の中、辛うじてそれは把握できた。それともう一つ。
“俺は死ぬ” それだけが理解できた。
ギャン!
擦れる視界。聞こえなくなっていく耳。そんな中で一瞬、その音と通り過ぎていくオレンジ色の線だけが認識できた。
そして次の瞬間、俺の意識がまたクリアになった。
吊られた状態から落っこちてしりもちをついたようだった。尻に衝撃が走る。
「うがっ! くっ……げほっ! げほっ……げえぇ……」
「おい、大丈夫か?」
信じられなかった。耳を疑った。ついに幻聴まで聞こえたかと。目を丸くしていたと思う。
巻きついていたツタを取り払い、声のした方を見ると、そこには確かに人がいた!
細身の長身。スタイルはかなりいい。服装もオシャレだ。整った顔立ちと耳心地の良い声。
何よりこの過酷なジャングルにおいて、傷や衣服の乱れもなく戸惑いも何もない声の調子。そして人に会えたという事実。
それらが俺の心に数時間ぶりの安堵をもたらした。
「あ、あ、あのっ……!」
「大丈夫そうだな。じゃあな」
「まっ、待って! 大丈夫じゃないです! 助けてください!」
必死だった。端から見れば無様以外の何物でもなかったと思う。
人生で初めて何かに本気で縋りついたと思う。それほどまでに切羽詰まっていた。余裕がなかった。助けてほしかった。
「怖いのか?」
若干煽るような意地悪な言い方だったと思う。でもこの時にはそんなことを気にしている余裕などなかった。
「は、はい! もう怖くて、苦しくて、何度も何度も死ぬかもって……」
「それで心細くて俺と居たいってか? 見たところ乳離れした男に見えるが」
「助けてください! 助けて……」
「……歩けるならついて来い」
「ちょ、ちょっと足が……」
「歩けないなら……ご愁傷様」
「っ!? ま、待ってください! 歩く! 歩けます! だからちょっと待って!」
「見失うなよ~」
「待って! 本当にもう……! 待ってぇ!」
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