第3話

 「で、面倒なことって何だよ?」


 「厄介なのに目つけられてさ。面倒くさい」


 「なんだよそれ。ストーカーか?」


 「そう。ストーカー。しかも馴れ馴れしい」


 「警察にでも言うか?」


 「相手してくんないよ。被害出てないんだから。私の心と時間以外には」


 ため息交じりにそう答える。表情が疲れきっていて本人の心労具合が見て取れる。


 そんな状態でも顔がいいんだから恵まれてるよこいつは。少しくらい分けてほしいその顔面偏差値。


 そろそろ俺たちの家の前だ。角を曲がると見えてくる。


 「……やっぱり」


 ウヅキのが本日何度目かのため息を漏らす。俺とウヅキの家の近くでキョロキョロと辺りを見渡す派手な格好の男を見たからだった。


 男もこっちに気付いたようでニヤニヤとしながら向かってくる。隣にいる俺に失礼な目線を送りながらだ。なるほど、感じ悪いし面倒くさそうだ。


 「よーウヅキ、待ってたぜ」


 馴れ馴れしく話しかける男に、ウヅキはまたため息を漏らす。十秒も経たないうちに二回もだ。逆に疲れるだろそれ。


 「何で待ってるんですか。私は相手したくないんでどっか行ってください」


 「冷たいこと言うなよウヅキ。せっかく俺の女にしてやるって言ってんだぜ?」


 なんか端で見ているだけでも気色の悪い奴だ。当人、しかも女性からしたらさぞ気分が悪いし怖いだろう。もっとも、こういった男を好きな女性もそれなりにいるらしいが。


 「誰なの?」


 「部活の先輩。入部してからずっと付きまとわれてんの」


 それは面倒だろうな。ウヅキが苦手なタイプの人間だし、入部からずっととは……


 「おい、さっきから何なんだよお前は!」


 ガラ悪く顔を近づけてくる先輩さん。やめてくれよぉ……男の俺でも近づいてほしくないぞ。


 「俺はこいつの――」


 「こいつ、私の彼氏」


 はぁっ!? 俺も先輩さんも目が見開いてた。そしてウヅキの方へ首を勢いよく曲げた。端から見たら息ぴったりだっただろう。その相手がこの人なのはショックだが。


 「なんで私にどうこう言わないでこいつ通してください。じゃ」


 俺にストーカー先輩を押し付けるとそそくさと家の中へ入っていった。


 怒りに満ちた表情のストーカーが拳を握り、わなわなと震えて食ってかかる。


 「てめぇ何俺の女に手ぇだしてんだ!」


 「いや、付き合ったこと無いですよね? それに俺先輩さんがあいつ知る前からの仲ですし」


 とりあえず話は合わせておく。売られたことは後でとっちめるとして。


 「おいゴラァ!! なめてんじゃねぇぞてめぇ!!」


 あ~あ、これは話を聞けないタイプだな。正しさやルールよりも自分にとっての都合で常識や正解が決まるタイプ。言っても無駄だ。


 その後も、ツバを飛ばされながら延々と何かを言われ続けた。内容は知らん。聞いてない。ずっとなんでこういう人はなめてんじゃねぇって言うんだろう? 上手くいかない=他人がなめてるからって認識なのだろうか? ってことを考えていた。

 

 話を聞いていなかったせいか突然ひょいと胸ぐらをつかまれる。


 殴ろうと拳を作ってはいるが、どうやら殴ってはいけないという知識と理性は辛うじて持ち合わせているらしく。踏みとどまっていた。


 「おいお前! 何やっとるか!」


 そこへお巡りさんが通りかかった。偶然にしては出来過ぎている。


 ウズキの家を見るとやはりというべきか窓から電話を手にしたウヅキが覗いていた。最初からこのつもりで俺を売ったな?


 ストーカー先輩は俺を地面へ放ると一目散に逃げていった。


 「大丈夫かケンタロウ!?」


 「大丈夫だよ叔父さん。殴られてないし、殴られても親父のゲンコツの方が効くだろうし」


 「だよなぁ。兄貴に比べたらあんな悪ガキのパンチなんざ……って、この服を着ている時はお巡りさんって言いなさい!」


 このお巡りさんは俺の叔父、親父の弟にあたる人物だ。ウズキとも小さい頃から馴染みがある。直ぐ駆けつけてくれたのはそういった事情もあるからだ。


 「しかし何なんだあのガキは?」


 「ストーカーだよ。ウヅキの」


 「何? こうしちゃおれんな。住所もバレてるみたいだしすぐに対策を取ろう」


 「頼みます」


 これであのストーカーも落ち着いてくれるといいんだけど。



 その夜。俺はウヅキに電話をかけた。俺を売ったことに文句を言ってやらなければならん。


 「おいウヅキ。あれはないだろ」


 「あれって?」


 「俺を売ったことだよ」


 「ケチくさいこと言わないでよ。それより明日空いてる? 《交流セール》一緒に行かない?」


 交流セール。島と島が急接近する一週間、お互いの島の商品を持ち込み出店を開く。バザーのようなもの。


 個人だけでなく大手の企業もこぞって参加するため毎回大盛り上がりする行事だ。


 こっちの島にも別の島からの出店が出てるから島に直接上陸しなくてもいい分リスクも少ない。その分割高だが。


 「なんか目当ての物があんの?」


 「見るだけでも楽しいの。紫色の島は化粧品は特産でしょ?」


 そうか、俺は男だから興味なかったけど女性なら紫色の島の化粧品には興味あるよな。


 ふとカレンダーを見るとあいつの誕生日が来週に近づいているのに気がついた。


 ……明日仕入れておくか。


 「わかった。明日な」


 「ん。集合時間は――」

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