第1部 §4
第1部 §4 第1話
其処には、漆黒の片翼を持つゾフィが立っていた。
不適なほどに自信に満ちた眼差しで、目の前の盗賊を見据えたゾフィの背中には、右側だけに翼がある。幅は一メートルほどの翼だが、艶やかな漆黒のそれは、まるで闇に棲む住人のもののようだ。
「やれやれ。まさか盗賊如きにこの力を使うとは思わなんだが、少々やり過ぎたのう」
ゾフィは怪光線の予想がついていた。
恐らく、間違い無くオーバーテクノロジーの成せる技であり、アカデミーが利用禁止を定めている、武器の一つだ。
勿論武器の一般利用そのものを基本的に禁じてはいるが、その圧倒的な破壊力は、間違い無く世界のバランスを崩すものである。
「アカデミーは、悪魔すら作っているのか!?」
ダークエルフに漆黒の翼は、確かにキメラと思われても仕方がない。そんな種族は見たことも聞いたこともない。
「黙れ子悪党」
そう言ったゾフィが、杖を軽く横に一つ払うと、一面の木々をなぎ倒し吹き飛ばし、周囲は爆炎に包まれる。
森の中にあった集落の西門前は、あっという間に開けてしまい。そこらには、なぎ倒され、へし折れた樹木が散乱している。
当然そこに、盗賊共の姿などある筈もない。途轍もなく圧倒的な力を、まるでため息でもつくように振るう彼女は、確かに悪魔と思われも仕方がないが……。
「誰が悪魔じゃ失敬な。誰がルシファーを屠ったと思うとる」
彼女にとって、可成り心外な発言だったようで、腕組みをして、ツンと拗ねてしまう。ただ、それを語る相手は、どこにもいない。
「少なくとも、ゾフィ様ではありませんが……」
漸く到着したエルザだが、すでに事は済んでしまっており、変わり果てた森の状態に呆れ果てながら、そう言う。
「細かいことを言うな。少なくとも、我も力になったはずじゃ!」
「……」
微妙な否定と肯定を混ぜたエルザの視線がゾフィに向けられる。
「解った解った。ちと言い過ぎた!」
ゾフィが観念した様子で、正直に答えると、エルザはペコリと頭を下げる。
ゾフィのことを敬愛しているエルザではあるが、見栄を張るのも限度はあるのだ。それだけは正さなければ、ゾフィの名誉にも傷が付くというものである。
「にしても。相変わらず扱いづらいのぅ」
「仕方がありませんね。違いすぎますから」
違いすぎるというのは、力の下限である。加減の下限だ。いくら彼女がそっと力を振るったつもりでも、元々の威力が大きいため、それが背一杯の手加減なのだ。
だが、少しするとその漆黒の翼は、まるで咲き誇った花が散るようにして、はらはらと綻び始め、風に乗り消えてしまう。
「ふむ。少し遊びが過ぎたようじゃ」
彼女の使う翼の力には、限界があるのだ。だからこそ、使う場面を選択しなければならない。しかしながら、広範囲に吹き飛ばした森の中に潜む盗賊達は、総て消し飛ばされてしまったはずで、彼等が再び攻めてくるにしても、それ相応の時間が必要である。
「一旦集落に戻るかの。レーラの事も気がかりじゃ」
「はい。私はヴェルヘルミナの支援もありますので、東側の砦に戻ります」
ゾフィは、深追いをすることなく、戻る事にする。エルザは、東側の状況を確認するつもりだ。集落の安全は守られているが、矢張りヴェルヘルミナにも限界はある。エルザは、彼女が気がかりでならないようだ。
それでも時間はまだある。そう思ったゾフィは、集落の中央にある滞在先にまで戻ると、リビングには其処には平然と立っているレーラがいた。
「済みません。回復に力を使い切ってしまいました」
「こちらも、先ほどの一撃で、使ってしもうた」
お互い正直なものだ。こういうことは隠すと良い結果にならないということは、よく理解していた。
「ゾフィ。貴女は普段から、力を無駄遣いしすぎるのです」
「抜かせ。バーサーカーでもないお主が、あれほどの接近戦を熟せたのも、コソコソと使っておったからではないか」
そう言われてしまうと、返す言葉もないレーラは、ため息がちにふっと息を吐くのだった。
「それよりゾフィ。この弾丸ですが、私の防御魔法を破壊しました。異常です」
「そればかりは、ストーム殿の仕事だのぅ。まぁ、印が彫り込まれておるから、呪術を施して居るのじゃろうが……」
ゾフィは、眼前に近づけたそれをじっくりと見る。
どうやら、それがレーラのシールドや、今ヴェルヘルミナが張り巡らせているシールドを貫通している仕組みらしい。
「まぁそれはともあれ……怪我人のお主は、黙って指をくわえて見ておれ」
ゾフィはそう言ってレーラに背中を向けるのであった。
「どうするつもりです?」
確かに方法が無いではないのだろう。翼の力がなくとも、彼女は優秀な魔導師である。勿論レーラも立派なエルフ族の戦士である。
心配げなレーラに対して、ゾフィは、一瞬クールな笑みを浮かべる……が。
「ムフ、ムフフフ、ムホホ……」
「何ですか、気味の悪い……」
勝ち誇り、尚且つ堪えられないといった感じで、笑い出すゾフィのそれがあまりにも、滑稽且つ気味悪く、レーラは一瞬引いてしまうのであった。
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