第1部 §3 第2話

 結界は、薄ら紫がかっているため、彼女達がそれをすり抜けたことは、誰にも解ることなのだが、すり抜けられることに驚嘆したのは、ヴェルヘルミナだった。


 先ほどの農夫も、結界付近まで付き合わされているのだが、彼女達の何がすごいのかが理解出来ない。


 「あの人達そんなに凄いのかい?」


 と、ヴェルヘルミナの表情を判断基準にするしかない。


 「私の張った結界を部分的に解除しながら、再構築しているのです。それを息一つ乱さずとは、流石としか言いようがありません。エルフ族双方合わせても、五指に入るほどです」


 「へぇ……」


 農夫は説明に驚くばかりだ。


 いくら彼が無学でも、エルフが人間よりも遙かに魔法に長けていることくらいは知っている。


 その中でも、五本の指に入るとなると、それはほぼ、魔術師の頂点に等しい。

 

 二人は森の中に身を投じる。


 一見無防備に見えるが、彼女達は五感に神経を集中させ、周囲に気を配っている。


 「まぁ。ちらほらと、視線を感じるのう」


 「ですね。彼等からすれば、一見して、集落に結界を張ったのは、私か貴女のように錯覚しているでしょうけど……」


 それも狙いの一つだった。村全体に結界を張れるほどの術者など、そういるわけもなく。そんな存在が、集落に三人も居合わせる事など、まずない。


 「あとは、魚がえさに食いつくのをまつだけ……といったところかのぅ」


 「幸い、エルフもダークエルフも、単独で森に出歩くことは、そう珍しい事でもありませんしね……」


 ただ、盗賊に襲われている集落から、態々足を踏み出すという者は、なかなかいないだろう。


 特に二人がそれを失念していた訳ではない。アカデミーには、彼女達以外にも腕の立つ人材はそれなりにいる。アカデミーが駆けつけたのだろう事くらいは、彼等も理解しているだろうし、手練れが周囲の探索を行っているだろうことぐらいの認識はしているだろう。


 「来ます!」


 レーラが気配を察知した瞬間、炸裂するような一発の銃声がすると同時に、複数の弾丸が撃ち込まれる。得物はショットガンのようだ。そう一撃で仕留める必要はないのだ。ダメージを与えてから殺せば良い。彼等の常套手段である。いくら美麗であるエルフ族であったとしても、アカデミーに所属し、しかも外を探索するような人材相手に、確立の低い一発秘中を狙うよりか、徐々に力を削ぐ方がより確実なのだ。


 それに、適度な距離を置くことが出来る。ヒットアンドウェイという訳だが、弾丸の到達速度より早く結界を張るレーラには、全く通じない方法だ。


 レーラは無造作だったが、彼女達の右側には、複数の鉛玉が空中停止していた。防御魔法が鉛玉の運動エネルギーを吸収しきると、それらは地面に転がり落ちる。防御魔法にも色々な種類はあるが、基本的に周囲に危害が及ぶような魔法をレーラは好まない。

 

 一方ゾフィは、非常にリラックスをした表情をしている。厳密にいうと、警戒していない訳ではないが、それに対する真剣さはない。


 「一人というわけでもないようだが……」


 ゾフィは、軽く周囲を伺う。


 アカデミーに対する警戒網はすでに敷かれているというわけだ。だとしたら、彼等は退散すべきなのに、何故かまだこの集落に執着している。


 「貴奴らも、ナルトGT狙いか?」


 「まさか。それに『も」とは、なんですか?他に心当たりがあるのですか?」


 「何を言うか。里直属の……」


 「止めて下さい。話がややこしくなります。種芋でも貰って、育てれば良いでしょう?」


 「ぬかせ。七面倒くさい」


 「では、サヴァラスティア農園にでも、持って帰れば良いではないですか」


 「おお!すれば、食べ放題じゃの!」


 それは明暗だと、ゾフィは手堤を打つ。サヴァラスティア農園とは、彼女達のよく立ち寄る農園で、ある意味実家的な場所でもある。


 現在諸事情で、農園主はいないのだが、アカデミーが代理管理しており、ストームやフィルにも大いに関係する場所である。

 

 二人は、気配の逃げていった場所へと、無防備のままに歩き始める。それは間違い無く、誘い込まれる儘という感じがしないでもないのだが、盗賊達からしても、アカデミーの職員に居座られては、襲撃もあったものではない。


 まずは厄介払いをしようという所なのだろう。それにしても、可成り手慣れているようだ。


 「囲まれましたね……」


 「うむ……」


 勿論そんなことは十分理解した上での前進だ。

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