第1部 §2 第2話
手込めにしようとしたその直後、ストーム達と茶を嗜んでいたレーラの耳に、平手打ちの音が聞こえるのであった。
「どうしようもありませんね」
状況を把握しているレーラは、ぽつりと呟く。
「全く。頬を打たなくとも良いではないか」
とほほ……と、残念がるゾフィは、真っ赤な手形の残る頬を撫でつつ、レインの部屋から出ると、今来た廊下を戻っていた。
「ゾフィ様!」
アカデミ職員の一人が、彼女に声を掛ける。可成り狼狽えている様子だ。心拍数も高いようで、緊張の具合を十分表していた。エルフ族の耳には、人間の喜怒哀楽など掌の上である。よって、彼が本当に焦っているということは、直ぐに解る。
「なんじゃ?騒々しい」
ゾフィは、未だ頬を撫でつつ、立ち止まる。
「その……騒動が……」
「またか……なんじゃ!?今度はドワーフ共が鉱山にでも立てこもったか!?」
少々ウンザリとした様子のゾフィだが、こればかりは放っておく訳には行かず、壁にもたれかかり、彼の話を聞くことにする。
「いえ……」
彼は生真面目に応える。
「で?」
全く冗談の通じない状況に、ゾフィの目の色も変わる。普段いい加減な彼女だが、頼られるだけの理由はあるのだ。
「その……どうも、『禁忌』を、犯したものが……」
「禁忌じゃと?」
これには険しい顔をせざるを得ないゾフィだった。禁忌とは単純に言えば、武器及び兵器の所持、持ち出し、譲渡などである。
現状況において、重火器一つで、集落一つを陥れる事が可能であるため、アカデミーが尤も禁じている手段の一つである。戦闘行為も、そもそもは認めているわけではないのだが、いざこざが生じることそのものは、致し方のないことなのだ。
だが、重火器を用いる戦闘行為となると、それは単なる虐殺にしかならない。
勿論エルフやダークエルフなどはそれに対抗するだけの魔法を所持しているが、それでも圧倒的とは言いがたく、少なくとも大がかりな戦闘行為となり、再び前世紀的な多種族間抗争になりかねない。
「で?」
一頻り状況を考えたゾフィは、そう言って再び目配せをする。
「現在、集落には人間、エルフ、ダークエルフ、ドワーフそれから……」
「良い良い……解った」
ゾフィは、ホッとした表情をする。
確かに、問題はありそうだが、人間対デミヒューマンという構図ではなく、それ以外の状況であり、盗賊行為がその基本であるようだ。大がかりな状況ではあるが……。
「ストーム殿は、まだ知らぬのか?」
「あ……はい」
「ならば、先にそちらに報告だろう。順序を間違えるではないぞ」
「わ、解りました」
彼は、急いでストームの待つオフィスへと走って行く。
このように、暴動関連担当の職員が、日々忙しく駆け回る毎日である。
交易関係のイザコザは、基本的にゾフィやレーラでなくとも良いのだ。今回はたまたま暇を持て余していた彼女が顔を出しただけなのだが、本来彼女が担当するのは、戦闘行為に関わる事例が多い。
当に今回のような事例が、それに当たるのだ。
「やれやれ……、何故に人間は、こうも争い事を好むのかのう。尤も数が増えれば、どの種族もそれなりに問題が増えるのも確かな事……か」
ゾフィはため息をつく。ただ、それ自体には、あまり悲壮感がない。
ダークエルフは、エルフと違い、残忍且つ狡猾であり、戦闘的な種族でもある。彼等のそういった性格の一面は、戦闘になるとより顕著になって表れる。
エルフのように、沈黙を守るということもない。
目には目をというのが基本的な姿勢である。ただ、ゾフィの場合は、少々そう言う域から脱してしまっており、それそのものが面倒くさく思っている。
それでも自室に戻り、巨大なサファイアが埋め込まれた、煌びやかな杖を手に取ると、それを軽く両手で持ち、ぐるぐると回してみたりする。
彼女の部屋はこういった類いの道具が多数揃えられており、どれもこれも非常に装飾が凝らされて。テーブルもアンティークだし、棚に飾られているグラスなどもクリスタルだったりと、なかなか凝り性なのである。
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