第1部 §2 最終話

 「なんじゃ!エルザではないか!それに、ヴェルヘルミナ!何故主等がここにおるのじゃ!?」


 ゾフィの方こそ驚きであった。何せ、この二人は元々彼女が村長をしていたダークエルフの集落の幹部であり、エルザは現在村長代理であり、ゾフィの右腕であった女だ。


 エルザは、ダークエルヴンファイターで、バーサーカーである。非常に高い身体能力を持ったダークエルフで、ウィザード、シャーマンクラスとは異なり、その瞳の色は深紅に染まっている。


 そして、この二人が村を離れる事など殆どあり得なず、当に遠路はるばると言ったところなのだが―――。


 エルザもヴェルヘルミナも何だかモジモジと言いづらそうにしている。だが、ゾフィには直ぐに解る。


 尤も彼女達とて、隠し通せるものではないことくらい、よく理解していた。


 しかし、口にするにはあまりに恥ずかしいらしい。


 「スイートポテトの香りがしますね。それに可成り濃厚な香りで、香ばしいです」


 言えない事実を、レーラがつらつらと流暢に答えると、二人は面目なさそうに頭を下げて、尚モジモジとしている。


 「主等(ぬしら)のう……」


 流石にこれにはゾフィも呆れてしまう。


 「ダ……ダークエルフにとって甘味は……」


 エルザは、相変わらずモジモジとしながら、懸命の言い訳をする、


 「甘味は貴重である……解っておるわ……」


 ダークエルフは、基本的に農耕や牧畜を行わないため、その食生活は、非常に不安定で保存食に頼ることが多い。野生の植物は手入れがされていないため、人間の作る果実や菓子のように、濃度の高い甘味を得る機会はほぼない。


 何より好奇心旺盛で、食欲旺盛なダークエルフは、エルフと違い、質素倹約とは、縁遠い本質をしている。勉学は得意でも、生活という意味では、勤勉とは言いがたいのが実情だ。


 よって、そのギャップがたまに、こういう行動を起こさせるのだ。


 人間と交流を持つようになった今では、ダークエルフのスイーツ好きは、よく知られる所となっている。

 いや、もっと単純な言葉がある。

 

 要するに、食いしん坊なのだ。

 

 ゾフィが手を出すと、エルザが彼女に渡したのは、焼きたての石焼き芋である。


 「こ……これは!」


 ゾフィの鼻がひくひくと匂いをかぎ始める。


 「シンプル且つ絶妙……こんなものがあってよいのか!のう!」


 興奮を隠しきれず、普段憎まれ口ばかりを聞いているレーラにすら、その半分をお裾分けしてしまうほどである。


 エルフは、ダークエルフと違い、非常に高い理性を持っているが、ほっくりと湯気の立つ、黄色く色づいた割口から発せられる香りは、殺人的なほどに食欲をそそる。


 レーラは羞恥心に頬を赤くしながらも、上品な口で、端の方を一口食べる。すると、香ばしく妬かれた皮と、しっとりとした内側が渾然一体となって、絶妙な味わいになる。


 その味は、普段紳士なエルフですら、蕩けさせてしまうほどだった。


 「ま……これはやむを得ぬな。主等がいてくれたことで、集落は守られているのだ。不問としておこう」

 ゾフィは妙に気取りながら、咳払いを一つ入れ、一口二口と焼き芋を食べる。

 

 しかし、ゾフィの許しを得たのもつかの間、エルザの表情が少し神妙になる。焼き芋の誘惑に負けてはいられない状況らしい。


 「どうした?」

 「もう、お気づきかも知れませんが、族の所持している重火器は、数丁程度ではなく、恐らく一個師団程度は、揃えていると思われます」

 「なるほどのう……」


 ゾフィはその意味をすぐに理解する。


 いくら精鋭が揃っていたとしても、集落を守りながら戦うとなると、戦闘をしている間に、集落が襲撃されてしまうと、どうにもならない。


 そのこと自体は想定していたが、重火器そのものが一戸師団分となると、防衛側にも相当数の犠牲を強いることになる。


 そもそも、それほどの物量をどこから入手したのか?ということが気になる。


 この結界を、よく一瞬で張れたものだと、言うことも関心するところだ。ヴェルヘルミナは。エルザの良い片腕となったようだと、ゾフィは思わず頷いてしまう。


 ただ、それだけの結界を張れる理由も当然あるのだ、そもそもそれだけの人数が同時に動くと言うことは、それだけの音を立てると言うことである。


 エルフ族にとって、それを聞き分けることなど造作もないことなのだ。だから警戒をしたまでのことなのだろう。


 「なぁ、あんた等、アカデミーの人たちかい?」


 たまりかねた一人の村人が、ゾフィに話しかける。見たところ、特に変わった所もない一般人のようだが―――。


 「まぁそうだが?」

 「どうにかしてくれないと、商売あがったりだよ」

 「まぁそう急くでないわ。事と次第によっては、の許可も取らんとならん。我らも唯の圧力団体ではないのだ」


 「いえ、圧力団体でもありませんから」


 ゾフィはこれでも真剣なのだ。ただ、言葉が不用意だ。そんなゾフィの適当さ加減を、素早くフォローするのは、レーラの日常でもある。


 ただ、確かに文明の流量をコントロールしたり、鎮圧行動を取ったりしているのだから、圧力団体と言われても、仕方のない部分はあるし、少なくともそう捉えている人間達もいる。


 「困ったなぁ。ナルトGTの収穫時期が過ぎちまうよ」


 どうやら彼は農夫のようだ。


 「何だ?そのナルトGTというのは……」


 アカデミー職員たるもの、こうした市民の声にも耳を傾けておかなければならない。というのは建前で、聞き慣れない名前に、少々興味を持ったまでのことである。


 「ゾフィ様が手になさっておられるそれです」


 ゾフィが手にしているものといえば、地面に於かれたままの杖ではなく…………。

 焼き芋である。


 その瞬間。ゾフィの頭の中が、まるでスーパーコンピューターのように、目まぐるしく稼働する。いや、それほど稼働させるほどのものでもないのだが、それでも回転するものは、回転するらしい。


 「何をもたもたしておる!一大事ではないか!宿で作戦会議をするぞ!」


 ゾフィは拳を振り上げて、力強く積極的になる。異常なほど真剣だ。


 「食いしん坊……」


 少白けた視線のレーラが、思わずツッコミを入れる。


 「だーまーれ!」


 急に張り切り、颯爽と歩くゾフィの後ろを一同がついて行くのであった。

 

 

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