第1部 §1 最終話

 「全くこのエロエルフは……」

 其処に現れたのは、非常に豊かなで質量のある黒髪の女性である。

 ダークエルフほどではないが、彼女も猫目がちで釣り上がった目をしている。眉上で揃った黒髪が印象的である。

 彼女も美しいが、頬のラインが尖り気味であるエルフ族に比べて、薄らと柔らかみがあり、気高さと麗しさが感じられる。

 鼻筋は静かに落ち着いているが、芯の強さを示すように、すっと流れている。

 彼女の名前は、フィル=アロウィン=イースター。ストームの妻であり、彼女は十七歳という若さで結婚をしており、ストームとは二つ離れているだけだ。

 「隊長は?」

 「泣き止んだわ」

 「そか……」

 彼女のその一言に対して、非常に心配げなストームだが、フィルのその一言を聞くと、ケーキばかりに目を奪われていたゾフィも、手を止めてしまう。

 「普段が元気なだけに、心配だよ……」

 ストームは両手を組んで、デスクに肘をつき、その両手の上に額を置く。

 「やれやれ、我が主がそんな調子だと、食欲のほども失せてしまうのぅ」

 そう言って、ガトーショコラを、二口三口食べて、半分ほどを残し、ソファーから腰を上げる。

 

 「なら、私が」

 ゾフィに負けじと、レーラは歩き出そうとするのだが、それをゾフィが止め、首を横に振る。

 「汝(うぬ)程度の乳では、包容力の欠片もないわ」

 「な!それと包容力とは、関係ないと思います!」

 このことに対しては、普段冷静なレーラもムキになる。

 彼女のバストが決して貧弱というわけではないのだが、それでもゾフィの豊満さに比べれば、レーラもフィルも敵いはしない。

 兎に角ダークエルフのバストというものは、唯豊かなだけではなく知的さがあるのだ。

 怠惰なように見えるゾフィではあるが、自由気ままなだけで、その頭脳はエルフ同様、非常に優れているのだ。

 ただ、性格的には問題の多いのが、玉に瑕であり、ゾフィの場合はそれが顕著に表れている。

 ムキになったレーラを横目に、意地悪な笑みを浮かべているが、彼女が自分の主というものに対して、非常に真剣なのは、彼女がスイーツを全部食べきれなかった所に、よく現れていた。

 ムキになったレーラだが、確かに女性の胸というのは、それだけで母性なのだ。勿論その母性の使い方を間違うと、途轍もなく淫らな方向に行くのである。

 ゾフィーがストームのオフィスを出て行くと、レーラは自分のバストを持ち上げて、少し真剣な表情をしている。

 「矢張りバストは豊かな方が良いのでしょうか!」

 彼女は実に真面目であり、自らの主に対して、非常に従順である。

 そんな真剣な眼差しを受けながら、ストームは、胸も揉み上げて強調しているレーラに釘付けになってしまう。

 ゾフィと比べるから控えめに見えるだけで、比較対象がいなくなってしまうと、それでも十分なものだと思えてしまう。

 少々疚しいことを考えた、そんなストームの耳を、フィルが引っ張る。

 「イテテ!」

 「私も……ソコソコあると思う……」

 ツンと拗ねてしまうフィルだったが、彼女のちょっとした嫉妬は可愛いものであり、軽い自己主張でもある。

 「わ、解ってるよ」

 そう言って、苦笑いばかりして、フィルを宥めるストームだった。

 

 ストームのオフィスを去ったゾフィの向かう先は、そこから数部屋先だった。

 屋内の壁面や扉などは、基本的に浅く青みがかった白が基調となっており、清潔感のなかに、未来的な要素が加わっており、非常にすっきりとした作りとなっている。

 その凹凸の無さは、完全なバリアフリーを思わせるほどに無駄がない。

 

 この建物は、現在彼等の仕事場であり、居住スペースとなっており、殆どのことは、フロア内で間に合ってしまう。

 本来彼女達には、戻る家もあるのだが、戻らない理由は、泣いている彼女にある。戻ってしまうと、それこそ大泣きをしてしまうのだ。その場所の管理は、今は別の者達に任されており、いつでも戻れるようにはなっているのだが、未だその心境に至れないでいる。

 「やれやれ、我が主様は、いつから引きこもりになられたのじゃ?」

 ゾフィは、灯り一つつけられていない真っ暗な室内に入ると、普段通りに寝室へと向かう。

 エルフ族は、人間より目が良いし、何よりこの部屋そのものは、彼女達のよく知る場所でもあるため、何かに足を取られることなど殆ど無い。

 

 寝室に入ると、ゾフィは漸く間接照明のスイッチをいれ、室内に灯りを灯す。

 程よい暗さの照明は、泣き疲れて眠っている彼女を起こすほどのものではないし、手元が暗くて見てないと言うほどのものもない、程よいものだった。

 ソフィは、キングサイズのベッドに腰掛け、シーツのみを身に纏った、癖毛で茶髪の少女とも大人とも付かない寝顔の彼女の頭に、そっと手を触れるのだった。

 そんなゾフィが彼女に向ける眼差しは、主というよりも、手の掛かる妹を見るような優しい眼差しであった。


 

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