第四十六話 武術の方向性
久々のレベルアップで強くなった。
ただし、それは数値上だけの話である。
使いこなせぬ力に意味は無い。
なので今日は狩りはお休み。ソートラン宅の庭で、体を慣らす訓練だ。
用意したのは、丈夫な魔獣の皮袋に砂を詰めた、人間大の円柱。
ラセリアに造ってもらった、人間が殴っても良いとされる塊。
所謂、サンドバッグである。
木に吊るされた、それを目の前に、一つ深呼吸。
「ふっ!」
一拍の間。
一足で距離を詰める。密着状態。
からの、腋を締めたコンパクトな振りの、右ボディーブロウ。
軽い破裂音と同時。勢い止めずに額も打ち付ける。頭突き。
頭と共に、前へ押す動きを連動させての膝蹴り。
位置は低め、人間相手なら股間に当たる場所だ。
顔面と股間への痛打。人間なら前のめり状態。
そこへ、横からのつま先蹴り。狙うは背中側面。腎臓の位置。
一連の動作を一瞬で行い、距離を取る。
「大分、違和感無くなってきたか」
激しく揺れるサンドバッグを眺めながら、体の調子を確かめる。
地球にいるとき荒事で使っていた、コンビネーションの一つだ。
「お見事です。速く鋭く、流れるような打撃でした。しかも打ち込まれた場所は全て、筋肉の覆われていない部分。理にも適っている素晴らしい格闘術です」
パチパチと小さな拍手。
見学していたラセリアが褒めてくれるが、そんなに大したものではない。
「身体能力で誤魔化しているけど、格闘術と呼ぶには未熟でお粗末なものだよ」
本職格闘家の技に比べれば、無駄な動きの多い、喧嘩用連係である。
更に、ここから凶器攻撃も混ざるので、比べるのも失礼だ。
あらゆる格闘技から技を抽出というか、真似たものを継ぎ接ぎした、適当という言葉が相応しい、ちゃんぽん技。
それを、身体の調整も兼ねて幾つも試していた。
あと運動不足という訳でも無いが、最近は魔法ばかり使っているので、たまに体を動かすのは楽しい。
高い能力補正のお陰で、地球にいた頃では考えられない動きが出来るのだから。
暫く、そんな俺の様子を見て。
「それでも未熟なのですか? 騎士や冒険者が使う打ち組み術を見た事がありますけど、それと比べたら、随分と洗練されていたように思えましたが……」
ラセリアは不思議顔である。
「俺は、それを見た事がないから、どちらが優れているかなんて言えない。けど、剣や魔法で魔物と闘う技術が中心だからな。人間相手の体術は、あまり磨かれてないのかもね」
構成スキルや才能次第では、魔物相手に素手で戦う者もいる筈だ。
でもそれは魔物相手の技術になる。
人体の構造に対するそれとは別物。
魔物相手では、火力重視な打撃技が主体になるのではないだろうか?
仮に、極め技、関節技、投げ技なんか存在したとしても、相互へ技の流用が難し過ぎる。
少しくらいの応用は聞いても、流派として確立する程のものにはならない。
人間よりも遥かに強大で強靭な肉体を持った魔物。それを素手で殺す技術を磨いた者が、対人間用に、それらを練り直して後進に伝えるか? という話である。
需要が少なければ、そりゃ、対人用の格闘技術なんて発展はしない。
「確かに、闘技場で人間同士が戦う場合でも、武器か魔法が主です。格闘家も、全くいない訳でも無いのですが、肉体自慢の戦い方ばかりですね」
レベル補正とかもあるしな。
パラメーター差の暴力で、下手な小細工を弄さないのもありだ。
魔法戦にも言えるが、この世界では最適解の一つだと思う。自分の好みもそっちだしな。
「俺も技を競い合うとか趣味ではないし、格闘技術も使わないに越した事は無いんだけどね。そうもいかないのが世の常。錆び付かない様にしとかないと」
そもそも、お褒めになった地球の格闘技だって、この世界で有用だとは限らない。
近代格闘技は高度文明社会のスポーツである。
世界準拠の法律とメディア。そこから勘案されたルールの中で発展してきている。
殺し合いとは違うのだ。
例えば総合格闘技で使うタックル。現代格闘技において相手のマウントを取るのに必須のテクニックだが、この世界で背中や後頭部を晒したら、容赦なく致命打を打ち込まれる。
意識と用途が違い過ぎるのだ。だから技術が進んでいるからと過信は出来ない。
じゃあ、軍隊格闘技は? 古武術とかは? と言われたら。
知らん。そんなもん、都合よく習得していない。
俺は反社会に片足突っ込んだ、低学歴の元一般人だ。
逆に聞くけど、実戦投入可能なレベルのそれらは、何処いけば習えるの? という話。
なので残念ながら、みんなが憧れる漫画の主人公スキルは持っていない。
つまり俺は格闘戦は弱い。と自覚しておくべき。
出来る事なら魔法の圧倒的な力のみで、立ち塞がる全てを粉砕したいものである。
「格闘技。技術体系として完成させるには苦労しそうですね」
「広い世界、格闘技の流派も探せばあるんだろうけど、数は少なそうだな」
「使う機会が、酒場の喧嘩くらいしかありませんからね」
「いや、室内戦とか、密着時の不意打ち、後は武器持ち込み禁止の場とかで使える技術だと思うんだけど、うーん? ああ、そっか、暗殺者とか裏の人間が使う技術として、確立はされてそうだな」
「なるほど。存在したとしても、表に出てこないという事ですね」
魔法とかスキルが反則過ぎるのだ。
長い歴史と鍛錬を積み重ねた武術を、生まれ付きのそれが一発で越えてくる。
人生、時間は有限。魔物が溢れる、危険なこの世界。
弱い技術と、強い異能。
死なない為に鍛えるのはどっちだ?
「大多数は自身の強い武器を育てるわな。体術を極めるは、余程の天才か道楽者か」
英雄クラスとかには、そんなのもいそうだが。
「ですね。あとは確固たる目的があるか。体一つで戦力を求められる職業ですか」
「さっき言った暗部の仕事に、高位貴族に仕える執事とかメイドにもありか? 結局は、一般大衆には浸透しない技術になるか」
なんて格闘技談義をしながら、俺は体を動かすのであった。
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