第三十話 婚約報告は突然に
迷宮から帰って、ミゲルさんとラセリアと共に、夕食の時間。
「あ、お祖父様、私サトル様と結婚の約束をしました」
「うぶ、っ、ちょ、ラセリア!?」
危うく口の中のスープを吹き出しそうになった。
ラセリアが俺に相談もなく、いきなり婚約したとぶちまけたのである。
別にあの時の約束を嘘だと言うつもりはない。
けれどもだ、男にとって親御さんへの挨拶は、心の準備が必要なのである。
報告するのなら、前以て教えておいて欲しかった。
いや、そんな男の弱気な態度を、彼女は刺しに来たのだ。
よくある話で、実は俺も選択肢に入れていた、そのままダラダラと先延ばしにして有耶無耶にする。そのルートを最短で潰して来たのだ。
恐るべしラセリアさん。油断するとアグレッシブに攻めてくる。
大事な孫娘と、そんな仲になったと知ったミゲルさんの反応が怖い。
「そうか。ついに捕まえたか。よかったの」
何故か、その反応は、あっさりとしたものであった。
「はい。最初は危うく断られそうになりましたけれども、何とか婚約という形で食らいつきました。後は、なるだけ早く結婚まで持って行くだけです」
「うむ、早く曾孫の顔を見せてくれ」
「サトル様にもたくさん協力してもらって、がんばります」
「儂が生きている内に、五、六人はこさえてくれると嬉しいの」
「ふふ、サトル様となら五、六人なんて言わずに、十人二十人は産んじゃいますよ」
「あっはっは、それは楽しみじゃな」
「……え? え?」
爺さんと孫の会話を前に、俺だけが置いてけぼりである。
「こんな真っ黒娘じゃが、サトル、よろしく頼むの」
「あ、はい」
認めてくれた。というか彼女が俺にアプローチをかけているのを知っていて、容認していたみたいだ。よろしく頼まれて、つい返事もしてしまう。しまった。
これで家族公認。正式に婚約が成立したのだった。
「ふつつか者ですが、末永くよろしくおねがいしますね」
「……こちらこそ」
ラセリアの笑顔が眩しい。これは喉元に根本まで牙が食い込んでいる状態だ。
行動力の獣。
もう彼女からは逃げられない。まあ、いいけどさ。
「ミゲルさんは、どこの馬の骨ともしれない男に、孫をやっても大丈夫なんですか?」
「かまわんよ。この村には他に若い男が余っているわけでもなし、こういう機会を逃すとラセリアみたいな女は一生結婚できぬしの」
「認めてくれるのは、相手が少ないから、という理由ですか?」
あまり納得出来る理由ではない。よくある田舎の結婚事情ではあるのだが。
「はは、流石にそれだけではないぞ。もう【九源の瞳】のことは聞いておるのじゃろう?」
「ええ」
「そのスキルを持つ、ラセリア自身が認めた男なら、儂が反対する理由はない。と言うだけの話じゃ。儂もおぬしの事は気に入っておるしの」
人の悪意を見抜けるラセリアが選んだのなら、問題はないそうだ。
実は、俺は例外で、悪意を見る事が出来ないんですよ。とは言い出せない。
穏便に事が運んでいるのに、わざわざそれを乱す必要は無いからだ。
ラセリアも、その事については何も言わないので、俺も黙っておくことにする。
「えーと、村長の孫娘と婚約となると、俺はこの村に腰を落ち着けた方が良いですか?」
活動範囲を制限されるのは困るのだが、そこのところはどうなのだろうか?
「土地に縛られる必要はないぞ。そんなことは歳を取ってから考えればよいのじゃ。若い内は、自由に外の世界を見て回るがよい。おぬしも、そうしたいのじゃろう?」
「今後の状況次第ですが、まあ……」
非常にありがたいお言葉を頂いた。
この村が年寄りだらけの割に人口が多く、生活も豊かなのは、この緩さが原因なのかもしれない。無理に縛り付けないから、出ていった者も帰って来やすい。
外の世界で経験を積んだ者達が多いから、小さな集落特有の排他的な空気や閉塞感がない。
結果、図らずも居心地の良い村になっているというわけだ。
「その時は遠慮せずにラセリアを連れて行くがよい。力と慎重さを併せ持つおぬしなら、孫のことも任せられる」
過大評価だと思う。が、彼女の事は任せて下さいと意思表示するのなら、否定せずに別の言葉を返さないといけないのだろうな。
だからこう言った。
「俺の力が及ぶ範囲で……彼女を守ることを誓います」
なんとも頼りない言葉だと思う。
ここは男らしく、絶対に守り抜きますと言うべきなのだろうが、その言葉は口にできない。
絶対に幸せにすると誓った妹を守れなかった俺に、それを言う資格はないからだ。
こんな俺の言葉を聞いて、二人はどう思ったのだろうか?
「おぬしの場合はそれで良い。軽々しい約束をしない男だと知っておるからの。根拠のない自信に任せて、大言を吐かれるより信用できる」
にやりと笑ってミゲルさん満足したように頷く。
「その通りです。本気で言っているのかどうかも分からない美辞麗句より、頼りなくても本気が伝わる言葉の方が私も嬉しいですよ」
ラセリアもその言葉で十分ですと喜んでいた。
純朴でもなければ、善良な人間でもないこんな俺を、二人は受け入れてくれた。
この世界に来て最初に出会ったのが、この人達で本当に良かった。
あらためて心の底から思う。
「ありがとう二人とも……これからも……よろしくおねがいします」
だから俺は、これまでとこれからを想い、感謝の念を込めて深く頭を下げるのであった。
「はい、こちらこそ。これから明るい家庭を築いていきましょうね」
「うむ。改めてよろしくの」
こうして、穏やかな雰囲気の中で婚約の報告は終わった。
緊張が解け、どっと全身の力が抜ける。
この世界に来て一番疲れたのではなかろうか。
明日の探索に差し支えが出ないように、早く部屋に戻って休むとしよう。
その際に、ラセリアが肩を寄せてきて言った。
「公認の仲になったのですし、今日から同じ部屋で寝ますか?」
いやはや、この娘は本当にガンガン攻めてくるな。
「駄目。それはまだ早い」
俺の答えは当然NOである。
「むー」
彼女は可愛らしく頬を膨らませて俺を睨む。
「拗ねても駄目。明日も早いんだから、ラセリアも早く寝ろよ」
「むむー、まだまだガードが堅いです。こうなったら夜這いするしか……」
させないよ?
「んじゃ、確りと全部の窓と扉に鍵を掛けて寝るかね」
「サトル様のいけず!」
そして俺は、明日の探索に備えて早く就寝するのであった。
勿論一人で。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます