第6話 この世界

 自室にもどったノアは急な頭痛に襲われて床に座り込んでいた。

 視界がまるで、霧で覆われた様に白く濁っている。

 目を閉じると頭の中に様々な思考や記憶が勝手に流れ込んでくる。

 先ほどの自分の発言を思い返した。


「逆にクリスタルブレイブと連合が手を組めれば

 この戦況を覆してこちらが帝国を滅ぼす事も出来ます。」


 議長室を出ようとした瞬間、

 突然その文言が頭に浮かび、無意識に言葉を発していた。

 議長の顔は驚いてる様に見えた。そんな考えを全く持ってない様子だった。

 彼女だけじゃない。自分も含めて周りの人々は皆そうだ。


「帝国とクリスタルブレイブが手を組めば連合は滅びる。」


 そう考えているのに、


「連合がクリスタルブレイブと手を組めば帝国を滅ぼせる。」


 その思考を誰も持っていない。  


「自分も含めて・・・」


 ノアは、はっとした。

 自分自身も、ついさっきまでそうだったと気付いた。


<連合領土を帝国の侵略からどう守るか>が、全てであり


<帝国領土に連合が攻め入る>を、考えた事が無い。


 戦争状態でそんな当たり前の事が検討すらされたことも無い。


 戦争・・・


 歴史上、これまでに何度も帝国の大規模侵攻があった。

 記憶では、その度に帝国内部に大きな問題が起こり撤退を繰り返している。


 記憶・・・本当に自分の記憶なのか?


 自分・・・自分とは誰の事だ?


 名前はノア・クローク。 魔法連合の調査官。

 情報技術大学を卒業後、

 調査官になる為に必要な5年間の実務経験を得る目的で

 戦況の分析や情報収集をする国の機関で勤務した。

 難関の国家上級試験に合格し、調査官に任命された。

 この仕事を選んだのは、亡くなった父親の影響が大きい。

 彼も調査官をしていた。多忙でほとんど家にいなかったが、

 友人のエマ議長がある事件に巻き込まれて、

 窮地に陥った時、彼女を救ったのが父だった。

 自分はその姿を見て憧れたのかもしれない。

 あの時のエマと喜ぶ父の優しい笑顔が忘れられない・・・


 いや?・・・ 父の笑顔?・・・ なぜだ?・・・

 父の顔が浮かばない・・・


 母親は?・・・母の記憶が何も無い・・・

 どうなっている? 全てがおかしい・・・


 おかしい事は他にもある。例えば、黒ずくめの男

 あの男は白い仮面を被っている。

「黒ずくめの男」 より 「白い仮面の男」の方が

 特徴をはっきりと表しているはずだ。なのに

 自分を含め全員が「黒ずくめの男」と呼ぶ。

 まるで誰かからそう呼べと決められたように。

 

 誰かから? 誰の事だ?


 支離滅裂で意味不明な思考が浮かんでは消えていく。

 頭痛がひどくなり、頭を抱えると急に文字が頭に浮かんだ。


 ーーーーーーーーー

   Celestial

 ーーーーーーーーー


 会合の時に帝国のシーラ将軍が言っていた

 この世界のどこにも存在しない文字。

 しかし、自分はこの文字を知っている。読み方も。

 頭痛に耐えながらノアは言葉を絞り出した。


「ソ・・・レ・・・ス・・・タ・・・ル・・・」


 それを口にした瞬間、ノアの脳天に雷を打たれた様な衝撃が走る。

 頭痛が無くなり、霧が晴れるように視界がクリアになっていく。

 縛られた鎖から解き放たれたような感覚が全身を駆け巡った。

 ノアは立ち上がり、独り言の様に呟く。


「そうか・・・私は・・・この世界は・・・」


 突然、ノアの周囲が真っ暗になり体も動かなくなる。

 感覚が全て無くなり、思考も停止している。

 かすかに意識だけが残っている状態だ。

 すると、ノアの頭の中に知らない男の声が響いた。


「とりあえず緊急停止させたけどさあ・・・どうなってるのこれ?

 記憶も何もかもごちゃ混ぜになってるし、かなり混乱してる。

 ソレスタルって言っちゃてるし、 

 これは・・・かなり珍妙で愉快な事になってるなあ。」


 続けて女の声が頭に響く。


「おもしろがってる場合じゃないですよ!

 こんなありえない知能デバフ組み込んだら

 普通はこうなりますよ。」


「でもねえ、他の連中も知能デバフかかってるけど問題無いんだけどなあ。」


「どう処理しますか?」


「うーーん、一旦記憶を消去してしばらく様子を見ようかなあ。」


「分かりました。エマ議長との会話の最後の方から全部消します。

 彼女の記憶も一部消しておきます。

 それと、彼の父親と母親の設定も修正したほうが良さそうですね。 

 あまり何度も記憶の操作をしたくないのですが仕方ないですね。」


「よろしく頼むよ。その間に僕はこうなった原因を調べないとなあ。」


 ノアの頭の中に響いていた男女の声が消え、意識が途切れた。

 ノアはベッドで目を覚ました。深夜になっている。

 議長の部屋から帰って来て、いつのまにか眠ってしまったようだ。

 久しぶりに亡くなった父親の夢を見ていた気がするが、

 どんな夢だったか思い出せない。


「そういえば、しばらく田舎に帰ってないな・・・

 母さん、元気にしてるかな。

 明日はそうだ・・・となり街のエミリア・グロウベルグの

 専門家に会いに行くんだった。もう寝よう・・・」


 ノアは目を閉じた。

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