第2話・お掃除大作戦
「ちょ、大丈夫...?」
「何...」
「いや、顔色悪いし」
「そんな事ねぇよ...」
なぜ見透かされるのだろう。何度も吐いて、吐けるほどの物なにも食べてないのに、透明な胃酸だけが流れ出てくる。
「というか...服もぼろぼろだし...って、腕細くない!?」
薄汚れたTシャツの袖をめくられ、腕を見られる。
待って、裏側には傷跡が...!
「ん、これ...」
「っ!」
「あぁ何だ、傷ね」
「...へっ?」
ただの傷、にはとても見えない、無数の傷。それに対して全く動じず、ただただ「傷」としか言わない。
「...それリスカって分かってる?」
「ん? 逆にリスカ以外に何があるっての。こんな傷だらけで」
「...?」
普通なら、嫌がったり、変に同情するよな...?
この女が、綾瀬ナオが分からない。
「取り合えず、ゴミ捨てて、掃除機かけて、ご飯にしよう」
「飯...? いや、いらない...」
「ダメ! 消化に良い奴作ってあげるから」
「...はぁ...」
それから、ナオの掃除に付き合わされた。嫌そうな顔をするものなら「あんたの家でしょうが!」と怒られる。面倒くさい...。
カッターは先にゴミ箱の奥へ押し込んだし、薬は湯舟の中に移動させた。
これなら大丈夫...な筈。
「あっついでにお風呂掃除しておこうか」
「! いや、いいから!」
「...怪しいなぁ......あっちだな風呂場は!」
「あっちょ、待っ!」
追いかけるも、運動不足と不健康が祟って走れない。そのままナオは風呂場へ直行してしまった。
風呂場には、薬の袋を手にするナオ。
最悪だ。
きっと引かれる。障碍者だって、笑われる。だって、今までずっとそうだったし。
「んっと~、抗うつ剤、睡眠薬、精神安定剤...ふむ。薬ちゃんと飲んでる? これは...一週間前に処方されてて、残りの数は15錠だから...ちゃんと飲んでるね」
「...え」
「全く。引かれる~とか思って隠さなくていいから。アタシだって凄い量の薬処方されてるし」
「綾瀬も...」
「そだよ。ギャルっぽく振舞ってるけどね、本当はギリギリな状態で生きてる」
ナオはそう笑った。嫌悪感以外の感情は、凄く久しぶりだった。懐かしい感情。でもこの感情の名前は、とうに忘れた。
「さてと...米ある?」
「レンチンのなら...」
「え~っと...卵も何もないじゃん! コンビニ行ってくる」
どうせ遠慮しても聞かないので、ナオが買い出しから帰ってくるまで大人しく待つ。
ただ、こうして待っている間は、吐き気は襲ってこなかった。
数分後、家の前から騒がしい声が聞こえて来た。嫌な予感がしたが外へ出る。
「ちょ、マジで! 離れてってば」
「嫌にょ! 何でナオちゃがこんな所にいるにょ~!」
語尾に「にょ」と付けている謎の少女に、ナオが捕まっていた。
黒髪に毛量の少ないツインテール。地雷系な恰好をしている。しかもこのセーラ服、うちの学校のだ...。
うちの学校は制服が男女共に2種類あり、ナオはブレザーだがセーラーを着ている人もいる。男子もブレザーか学ランどちらかを選べる。
「んにょ? お前誰にょ...まさかナオちゃに何かしたにょ!?」
「え?」
「違うってぇ! アタシが好きで面倒見てるの!」
「にょ!? ナオちゃ...僕よりこいつの面倒を見るにょ...?」
「当たり前です~! 夜ちゃんは部屋汚れてないでしょ!」
「にょ...」
なんだこいつ。
取り合えず...部屋に避難しようかな。
そんな事を考えてそそくさと逃げ帰ろうとしたが、腕を掴まれる。
「ぢぎじょ~! 何で僕よりごいづがぁ...僕の方がいい子にょ! 愛想もあるにょ! こんなのほっとけばいいにょ!」
「...!」
あれ、そういや、何で俺こんなに世話されてるんだっけ。よく見たらナオ、汗まみれじゃないか。それに、近くのコンビニは普通なら5分はかかる。けど1、2分で戻ってきてる...走らないとこんなに早くは戻らないよな?
走った訳?
汗かくほど走ったの?
俺の飯の為に?
って言うか学校も休んで俺の家の掃除だって...。
「夜ちゃん」
「っう...」
「今、何て言った?」
「にょ...」
「離して」
掴まれていた腕が解放される。
夜と言うらしい、地雷系の少女は先ほどとは打って変わって落ち込んでいる。
「夜ちゃんは、こんな事言っていいと思ってるんだね?」
「ち、違...。僕は、僕...ふ、ぅ...違う...僕、ぁ、う」
夜が崩れ落ち、地面に座り込む。
微かに嗚咽も聞こえる。
「ごめんなさい...ごめんなさいごめんなさい...ごめんなさい」
手で顔を覆って、うずくまる。
「生きててごめんなさい...生まれてきてごめんなさい...」
それからもずっと夜は「ごめんなさい」を続けた。少しして、ナオが小さくため息をついた。
「...反省した?」
「ぅ、ひぐ...したぁ...もう言わないぃ...」
「...じゃあ、ご飯作るの手伝って。三人分、ね」
「...!」
夜は目を輝かせた。表情豊かな人だ。
「あれ、足立くーん? どうした?」
「...いや、俺の分はやっぱ、いい」
「...そいっ!」
ガツン
「~っ!」
頭を思いっきり殴られる。なぜ...?
「いいから食べる! 買い出し行かせといて食べないとか非常識だぞ」
「にょ...えと、ごめんにょ...僕...やな事言っちゃったけど...気にしないでにょ...」
「拒否権は?」
「ない」
「ないにょ」
厄介なのがまた1人増えた。が、嫌な気は...あんまりしなかった。
「ところで、何で夜ちゃんアタシがここにいるって分かったの?」
「それはGPぇ...勘にょ!!!!」
「...えっ」
「わ~綾瀬どんまい」
「こういう時だけ足立君ノリいいの何なんだ...」
死にたい俺と生きて欲しい君と アントロ @yanaseyanagi
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