ハンターと呼ばれる者

 彼女はあの後、取り出した御札のような紙を使って広場内に花達を閉じ込めた。事務所内で見せてくれたような鮮やかな撃退劇を期待してしまったが、残念ながらあの御札だけではそれはできないという。

 裏山を降りて侵食しようとしていた花達の方も、波多家さんが僕達を助け出す前に駆除してくれたそうだ。

「小さい雑魚だけならこのフダだけでイケるんすけどね」とは、下山する時の波多家さんの言葉だ。


 消防団や警官、役場の人達は、山近くに住む住民達の避難誘導や怪我人の保護で現在大忙しだった。

 綾音の自殺の比ではない騒乱が、島中を包んでいる。対策本部が設置されるらしいけど、これまで大きな災害や事件とは無縁で生きてきた島民達は右往左往するばかりだ。

 自然と、唯一あの人食い花と渡り合えそうな波多家さんを頼りにする形になった。現場対応に忙しい消防団の団長や村長に代わり、僕が彼女と具体的な対策を相談する係だ。


「ウチ、こういうモノっす」

 差し出された名刺には【㈱ハンター派遣】と印字されている。

 旅館に戻ってきていた。応接室で、波多家さんからテーブル越しに名刺を受け取る。

「はんたー、はけん……?」

 名刺に印刷されている字をそのまま読み上げる。

「アイツ等みたいな、よくわかんない化け物とか怪現象に対処する会社っす。ウチも旦那も、同じとこに勤めてます。害虫駆除の亜種みたいなモンだと思ってください」

「はあ……」

 納得できるようなできないような話だったが、呑み込むしかなかった。とにかく、あの人食い花を何とかしなければならない。

「えっと、波多家さんは、あの人食い花が何なのか知っているのですか」

「ミクと呼んでください」

「はい、ミクさん、あの……」 

 改めて対面で話すと彼女の眼光はとても鋭く、大柄な体格もあってか威圧感が強い。僕より年下だけど、怖い先輩を前にしたかのように身が縮む気持ちになる。

「正直言って、全く未知の化け物っすね。あんなヤツ初めて見ました。でも恐らくですけど、元々は特に害の無かったその辺の植物が呪術的な影響を受けて凶暴化したものかと」

「呪術的な……?」

「人間が強い恨みつらみの感情を持つと、正当な手順や儀式を行わずとも人を呪ったり、周囲に害を与えたりすることがあるんす。それは呪術の素人であるほど、思いもよらない現象を引き起こします」

 強い、恨みつらみ。

 考え込むまでもなく僕の脳裏に浮かんだのは、綾音の件だった。

 あの巨大花の根ざしていた場所。

 自殺に踏み切るほどに追い詰められていた綾音が強い負の感情を抱えていただろうことは、想像に難くない。

「じゃあ、お祓いとか、そういうのをしたら良いんでしょうか」

「軽率に断言することはできないっす。やってみます、としか。もっと時間かけて詳しく調べられたら良かったんすが、一刻を争います。早急に今できる範囲での“祓い”の準備に取り掛かります、協力をお願いします」

 波多家夫妻がこの旅館に宿泊しているのは全くの偶然で、たまたま休暇を取って来ていたらしい。

 御主人のケンジさんは、荷物に御札の予備が残っていないか客室で確認中だ。

 

 人食い花の情報も、お化け退治に使う専門的な道具もない。ケンジさんがハンター派遣の事務所に応援を要請してくれているらしいが、広場を封じ込めている御札の効果が切れかけているという。

 本土から遠く離れたこの島に応援が到着するまで、何とか時間を稼がなければならない。



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