泊田宮人②


「ミヤト、伏せろ!」

 広場の出口横にある公園管理事務所から、立田さんが飛び出してきた。咄嗟に頭を抱えて伏せた僕の周りに向かって、手にした消火器をぶちまける。

「うおおおおお!」


 顔を上げると、僕をぐるりと取り囲んでいた花達が薬剤で真っ白になっていた。葉も蔓もぐったりと萎れている。

 でも、その下からすぐに新しい花達が顔を出した。


「クソッ、ダメか……とりあえず逃げるぞ!」


 立田さんが消火器を花達にぶつけて退路を確保してくれた。

 僕は走りながら考える。何なんだあの化け物は。どうしたら退治できるんだ。

 アイツ等がどこから来た生態系なのかわからないけど、消火器が効かないんだから市販の除草剤はダメそうだ。なら、火はどうだろう。

 映画ならガソリン撒いたり火炎放射器使ったりとかしてるけど、そんな都合の良い武器あるわけない。どうすれば。

「こっちだ、早く!」

 立田さんが管理事務所の入口で叫んでいる、僕は転がるように事務所の中に飛び込んだ。立田さんは手際よく事務所のドアを施錠すると、椅子やテーブルを使ってバリケードを組み始めた。

 全力で走った僕は呼吸を整えるのに必死で、手伝えそうにない。さっき躓いて打ち付けた肩や腰が痛い。

「馬場さんとこの爺さんは」

 椅子を運びながら立田さんは聞いてくる。馬場さんとは、さっき蕾に呑み込まれたお爺さんの名前だ。僕は首を横に振るのが精一杯だった。

「……そうか」

 立田さんは一瞬だけ足を止めて、でもすぐにバリケードの作業に取り掛かった。

「タツさん、」

 その後の言葉が続かなかった。息が切れているからじゃない。何と聞けば良いかわからなかったから。

 タツさん、何で。

 何故そんなに手慣れているのか。

 化け物みたいな花がいきなりそこら中からぽこぽこと生えてきて襲いかかってくる、そんな異常事態に遭遇してるっていうのに。

 僕を置いて行った他の人達と違って、消火器を持ち出して僕を助け、薬剤による攻撃が効かないことにも動揺せず、避難する判断も行動も迷いがなさすぎる。

 どうして。

「へへっ、B級映画で散々こういう話を観てきたけど、まさか現実に化け物に襲われるなんてな」

 立田さんは困ったように笑って、肩をすくめた。

 この人は確かに島でも有名な映画好きで、特にゾンビやエイリアンに襲われるようなホラーをよく観ていると聞いたことがある。え、理由それだけ?

 困惑する僕をよそに、立田さんは事務所の奥の倉庫から大きなボストンバッグを引きずってきた。

 中から、ボンベに繋がったホースのようなモノが出てきた。

「タツさん、これって」

「火炎放射器」

「かえんほうしゃき!?」

 オウム返しするしかなかった。何故そんな危ないものが公園管理事務所の倉庫にあるのか。

「こんなこともあろうかと」

 立田さんは少し誇らしげだ。

 どんなことだよ。今みたいなことか。


「俺は裏口から出る。ミヤトはここで通報して、応援を呼ぶんだ。その間に、俺がこいつであの化け物をいっちょ焼却してきてやっからよ」

 早くも火炎放射器のボンベを背負いながら、立田さんは豪快な笑みを見せた。

「そんな、一人じゃ危ないです、助けが来るのを待ちましょう!」

 追いすがってみたが、彼の決意はとっくに固まっていた。身支度をして裏口に向かう動きにも、全くの躊躇がない。

「俺ぁさ、いっぺん、映画のヒーローみたいに何かを守るために戦ってみたかったんだよ。悪いな、俺だけ美味しいとこもらっちまってよぉ」

 立田さんは扉の前に立って、僕にサムズアップしてみせた。


「タツさん……」


 と、僕の頭上を影が通り過ぎた。


「がっ」


 葉を羽のように羽ばたかせて飛来した赤黒い花が、立田さんの頭に貼り付いた。

 みるみるうちに蔓を張り巡らせ、立田さんは全身包まれてしまった。

「タツさん!」

 入口を振り返ると、いつの間にか蔓が床に穴を空けていて、そこから花達が次々に侵入してきている。

 僕の肩や足にも花が飛びついてきた。蔓を絡ませ締め上げてくる。身体の自由が効かない、今度こそ僕は死ぬのか。蔓が視界を覆っていく。

 緑の闇に呑み込まれていく。

 顔も、身体も、声も。

 全てが。

 絶望で閉じた瞼の向こうに、綾音の笑った顔が見えた気がした。

 綾音。僕の、初恋の人。


 呼吸すら覚束なくなった僕の耳に、凄まじい音と衝撃が伝わってきた。その後に、乾いた小さな音。


 パキパキ


 ぶちり


 幻聴ではない、と思った瞬間に、顔に光が差した。身体中の圧迫感が緩み、青臭い空気が肺に流れ込む。反射的に咳き込んだ。


「泊田さん、大丈夫っすか」


 蔓の間から、格闘家然とした強面の女性がこちらを覗き込んでいる。昨日からうちの旅館に御主人と共に宿泊している、波多家はだかミクという人物だった。

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