泊田宮人(はくた みやと)①
本土から帰省していた
ウチの経営する旅館から程近い裏山の公園で首を吊っているところを、犬の散歩をしていた近所の爺さんが見つけたそうだ。平和そのものだった小さな島は、大騒ぎになった。
揃えた靴の上に遺書が置いてあって、遺体の状況からも自殺なのは確定らしい。
綾音は同級生の誰よりも可愛くて明るくて、僕達のアイドル的な存在だった。
高齢化過疎化がジワジワと進むこの小さな島を捨てたのは、何か夢を持っていたからじゃないのか。それが破れたから命を断ったのか。
遺書には「もうこの世に未練はありません」とだけ書かれていたらしい。
死んで花見が咲くものか。まだ三十路にもならないってのに。何で死んじまったんだよ。
今となっては綾音に問いただすこともできない。
ずっと感傷に浸れれば良かったけど、事態はすぐにそれどころじゃなくなった。
「ミヤト、大変だ!」
自殺騒ぎが表面上落ち着いた頃、僕が所属している消防団の副団長、立田さんが血相を変えて旅館に駆け込んできた。
シーズンオフで閑散としている建物内に、彼の声が響き渡る。
「たい、大変だ、とにかく、とにかく見に来い!」
「ちょっ、落ち着いてください、どうしたんですか」
ちぎれそうなほど強く腕を引かれ、僕は引きずられるようにして裏山に連れて行かれる。普段は温厚な立田さんのあまりの剣幕に、ただ従うしかなかった。
寒空の下、頂上の公園の広場には、消防団だけでなく近所の爺さん婆さんも集まって騒然としていた。
また何か事件があったのか?
野次馬を掻き分けて奥へ進んだ僕は、絶句した。
綾音が首を吊ったという木の側に、赤黒い蕾を膨らませた巨大な花が一輪生えていた。今にも開花しそうなその蕾は、大人一人が丸々入れそうなくらいに大きい。
世界にはラフレシアを始めとして、大きな花がいくつかあるらしい。けど、僕が生まれ育ったこの島に巨大花の生態系があるなんて聞いたことがない。
そもそも、昨日までこんな花はなかったはずだ。あれば、もっと早くに騒ぎになっている。外来種にしたって、この成長スピードはいくらなんでも異常だ。
「何だよこれ、デッカ……」
「突然変異か?」
「あの気持ち悪い色……毒でも持ってそうじゃない?」
遠巻きに花を見物している人達が口々に囁きあっている。散歩中の犬が、けたたましく吠え立てている。
とにかく、これはどうにかしなければいけない。僕は植物に詳しくないし生態はわからないけど、本能が「この花は危険だ」と告げている。
消防団のメンバーが集まって話し合っているのを見つけ、立田さんと共に合流しようとした。その時。
「きゃあ!」
「おい見ろ、アレ!」
群衆から声が上がった。
振り向いて見ると、巨大花の根元とその周辺の地面から、そっくり同じ姿形の小さな花が続々と生えてきていた。それらは見る間に数を増し、最前列で花を見ていた人達の足元にまで迫ってきた。
あちこちから悲鳴が上がり、我先にと広場から逃げ出していく。そうしている間にも花は
驚きすぎるとこんなにも身体が動かないものなのか。
皆とは何テンポも遅れて広場出口に身体をむけたその時、小さい方の花達が、葉の間から蔓を触手のように何本も伸ばした。僕の近くにいた爺さんが絡め取られる。
「わあっ」
ぎゅんと伸びた触手はそのまま爺さんを巨大花の蕾まで勢いよく運ぶ。蕾がパカリと縦に割れ、彼はあっという間に呑み込まれてしまった。
断末魔のような声が蕾からぎゃあっと漏れてきた。広場は阿鼻叫喚となった。
僕は今度こそ全力で逃げようとした。先に走り出した人達の背中はすっかり遠くなっていた。置いていかないでくれ。
やっと出口に差し掛かったところで、僕は盛大に躓いてしまった。受け身を取ることもできず、全身のあちこちを強かに打ち付ける。
身体を起こした僕は、信じられないものを目にした。
地面から生えてきた花達が、土から飛び出した。そのまま根を足代わりにして走り出し、僕はあっという間に取り囲まれてしまった。
「嘘だろ……」
緑の触手が僕に向かって迫ってくる。
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