第3章・第2話 一方通行を、どうにか

 ――自分の「からっぽ」ぶりを思い知ったら、かえって清々しくなったのよね。

 けどさ、まだ個人的に「課題」はあったわけよ。


「ところでさ、ユウヤ?」

「なんだ?」

「ユウヤも、人間に戻れるって聞いたからこそ、プリンスになったのよね? 次に生まれたら、何をしたいの?」

 ちょっと下世話かも知れないけど、気になった。当然、同じ事を聞き返されたら、答えが用意できたから。

「そうだなあ、ぶっちゃけ、俺も今までぼんやりしてたんだけどさ、アンタを見てて思ったよ。もうちょい努力してもいいんじゃねえか? って」

 照れ笑いのユウヤだった。あたしを見てて、というのが、素直に嬉しかった。

「アゲハさん、アンタは?」

「あたしは、そうね。誰かを好きになりたいわ」

「へえ、いいじゃん」

 さすがに、今この場で「たとえば、ユウヤみたいな男をね」とかは言えなかった。


 そこで思った。確かに今、ユウヤに好意を抱いている。それは間違いない。

 けど、「彼は」どう思っているんだろう? 気になる。気になってしょうがない。知りたいのはそうだけど、ストレートに聞けない。聞けるわけがない。どうしよう? こういう時、恋愛に関しては巨大な初心者マークが貼られている自分が恨めしい。


 ただし。社会人としての経験値がある。恋愛はビジネスじゃないけど、通じるところは多分あるはず。相手の気持ちを探る方法も、知ってるつもりだ。正しいかどうかなんて分からないけどさ(ちなみにこの方法は、後になって「ビジネススキルうんぬん」でもなんでもなくて、中学生レベルのそれだと分かる)。


「ねえ、ユウヤ? 一つ、たとえ話を聞いてもらってもいいかしら?」

「へ? 何だよ急に? 別にいいけど、あんまり難しいのはカンベンしてくれな?」

 きょとんとした顔のユウヤだった。こっちも、そんなにややこしい話をしたいわけじゃない。

「ありがと。あのね? 仮にユウヤが、異性から一方的に好意を向けられてたら、どうする?」

 聞いてから、少ししくじったかな? と思った。何か比喩を使うべきだったかも知れない。でも、今さら訂正はきかない。ユウヤは、思案顔になる。

「んー、どういう女かによるなあ? まず、俺のタイプかどうかってのがあるし」

「もし、タイプじゃなかったら?」

「そーだなあ……ヒデえブサイクだったら、さすがの俺も断りてえけどさ? 個人的に大事なのは、下心があるかねえか、だな」


 結構通じるところがあるな、と思った。その手の「下心ミエミエ」な奴、つまりは肩書きを利用したいだけの、より噛み砕けば「虎の威を借りたいだけの、ケチなキツネ」には、うんざりするほど言い寄られたことがあるし。ま、この点については、あたしも「偉くなった後」を考えてなかった、イコール「肩書きが欲しかっただけ」とも言えるから、どんぐりの背比べかもとも思うけど。それはさておき、続けよう。


「逆に、変な下心がまったくなかったら、OKってこと?」

「それが全部ってわけでもねえよ? ただ、俺に惚れてくれてるって事は、俺のことをある程度分かってくれてるってことだからさ。その時点で好みは満たしてる。なら、答えてやらなきゃ、俺は自分が嫌だね」

 安心のできる答えではあるけど、まだ少し引っかかる。続けて聞いた。

「その姿勢は立派だと思うけど、受動的……つまりは受け身に過ぎない?」

「んー? じゃあさ、逆に聞いてもいいか? せっかく惚れてくれてる女の気持ちを、この俺が無視できると思ってんのか?」

「そこまでは知らないわよ。あたしはユウヤじゃないもの」

「おっと、それもそうだな。わりぃ、俺の聞き方がまずかった。それこそ他の奴は知らねえけど、少なくとも俺は、他人のまっすぐな気持ちを無視できるほど、冷たかねえつもりだよ」


 やっぱり彼は「いい奴」だった。ただし、疑問は、まだ解消されていない。

「好きでもない女と、付き合えるの?」

「ちょい違えな。『好きになる努力』をするんだよ。もし、どーしても俺から相手を好きになれなきゃ、そいつにはすまねえとは思うけど、それまでってことだな」

「見切り発車上等、ってこと?」

 そう問うと、ユウヤがなんだか難しい顔をした。

「……一ついいか、アゲハさん?」

「なにかしら?」

「人との付き合い、まして男と女の関係だぜ? そりゃ駆け引きはあるかも知れねーけど、関係を作ろうかって時に、例えばプラモみてーな説明書とか、完成図、要はお手本があると思うか? 一発決め打ちで成功する恋愛なんざ、俺的にはありえねーよ」

「そ、それもそうよね、異論はないわ」

 同意はしたものの、自分の浅はかさを指摘された気分だった。

 そうだ。いかに恋愛関係において初心者であれ、それこそビジネス上の交渉ごとでも当たり前だけど、人の心はマニュアル化できない。人づきあいに「正解のお手本」なんかあったなら、誰も苦労はしないと思う。


「そーゆー『しくったパターン』ってさ、実は俺、ちょいちょい経験したんだよな。女から好かれたのを、どーしてもしっくりこなくてフッたこともあるし、逆に俺からゾッコンになって、口説き落とせた! と思ったら、けーっこうサクッとフラれたこともあったし。はははっ」

 照れ臭そうな苦笑いのユウヤ。彼は彼なりに、色々あったようだった。

「まとめると、『悩む前に跳べ』ってこと?」

「割と近えかな? アンタもさ、下心がなかったとしても、計算されまくった付き合いなんか、嫌だろ? 俺、算数できねえけど」

「そうね、まったくその通りだわ」

 そういう打算まみれが透けて見える男にも、かつて言い寄られたことが何度もある。嫌悪感しか覚えなかったっけ。


 しかしどうやら、恋愛については、彼の方が相当先輩のようだった。百戦錬磨ってわけでもないだろうけど、初心者マーク付きよりは、はるかに上だわ。


 ……この考えを聞いて、感心すると同時に「じゃあこっちを向いてよ」って、一気に言いたかったのよね。到底、そこまでは思い切れなかったけど。

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