第2章・第7話 際だつもの
――人って、他人と「比べたがる」わよね。
その動機はたいがい、「自分が上だ」って確認したいからだと思うのよ。
けど、「上だと思い込んでたら、実は下だった」って気付くのは……?
心臓なんかないはずなのに、動悸に似た気分を覚えていた。ただ一つ言えることは、今の気持ちが悪くないということだけ。思考は混乱していたけど、あんまりキョドるとみっともない。平静を装うことは、実は結構難しかった。
「なあ、アゲハさん。今度は俺から聞いていいかい?」
「な、何かしら?」
落ち着け、らしくないぞ。自分を叱咤しつつ、ユウヤに答える。
「言いたくなかったらそれでいいんだけどさ、アンタ、どうして死んだんだ?」
シンプルな問いだった。同時に、こちらが相手に同じ事を聞いた以上、答えるべきだと思った。
「まあ、みっともない話ではあるんだけどさ……」
そして、ユウヤに話した。会社の専務と、愛人関係にあったこと。そして、その奥さんから恨まれて、彼女の運転する車に轢き殺されたこと。
……なんだか、彼に比べて、自分の死因がひどく薄っぺらに思えた。それでも、ユウヤは感心したように言った。
「うわあ、ドラマみてえだなあ。そういうの、マジであるんだ?」
「マジではあるけど、みっともないことには変わりないわ……」
率直に、自分が情けなかった。いや、華々しく散りたかった、なんて意味ではないけど……なんだろう、言いようのない、みじめさのようなものを感じる。
そんな気持ちを知ってか知らずか、ユウヤが、どこか遠い目をして言った。
「いやさ、俺も、アンタの死因を笑うようなことはぜってーしねえけど、すんげえキラキラしてるように思えるなあ」
「そうかしら……」
タンポポが、バラを羨んだ。でもそれは、とても無垢な思いに感じた。バラは、自信がなかった。正確には、それまでの自信が通用しない気がしていた。自分が拠り所にしていた、学歴も、キャリアも、何もかもが、ただの虚飾なんじゃないかと思えてしょうがなかった。
いえ、これは決して、ユウヤの生き様をトレースしたかったって意味じゃないのよ。虚飾であれ、拠り所を否定すれば、立っていられなくなる。別の方向から「支えて」欲しい。そしてそれは、「自分と似通っていてはならない」という、奇妙な確信があった。
「俺、頭悪ぃからさ? まず縁がねえ世界だよ。羨ましいなぁ」
「……ダメよ、こんなみじめさに憧れちゃ」
「あんまり自分を悪く言うのも、どうかと思うぜ?」
少し自虐的になる言葉に対し、器の大きさが分かるような、ユウヤの言葉。どっちが年上なんだか、分からなかった。年齢なんて、少なくとも、今この場では関係ないけど。
「んでさ? 聞く順序が逆かも知れねえけど、アンタの家族って?」
次の質問も、また、答えるべきそれだった。短くまとめることにした。
「実家は、地方の造り酒屋でね。家族は、両親と、七つ下で大学生の、つぐみっていう妹が一人いたわ」
「家が酒屋? すげえ、飲み放題じゃん!」
無邪気なユウヤだった。認識の正誤を指摘するよりも、純粋に、微笑ましい。
「けど、あたしはユウヤと違って、親と仲が悪かったのよ。東京へ出た時も、ケンカ別れ同然でさ……」
「うーん、そりゃあちょっとどうかとは思うぜ。俺も、人のこと言えたもんでもねえけど」
「それはそうよね……」
後悔は、先にも役にも立たない。それでも、悔やんだ。悔やまずにはいられなかった。ユウヤと比べると、なおのこと自分の「罪」が際だつようだった。何も今、と思うけど、一度実感してしまったものは仕方がない。
上か下か。物事はそう簡単には二分できない。
けど、社会は「そういう基準」で色分けされる。
ユウヤより「上」。それもはるかに。たとえるなら、富士山の登山口と山頂ぐらいは違っていると思っていた。
実際は、違った。訳知り顔の心理学者が言うような、「人間性」。
今まで小馬鹿にしていた、その言葉の意味が、こうも重く感じるなんて。
その人間性という面では……ユウヤを海に浮かぶヨットとするなら、自分は、マリアナ海溝の奥底に転がっている、小石みたいに思えた、
……感情ってさ、良きにつけ悪しきにつけ、いったん動き出したら加速をつけていくわよね。そういう状況だったのよ。
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