第2章・第5話 責任と共通点
――偉くなる、ってことは、確かにいい事ではあるわ。
でも、言わば「何も背負わずに」上に登り詰めるなんて、そんな虫のいい話はないのよ。
人間に戻るプロセスの詳細が分かることは分かったけど、現状が根本的に改善されたわけじゃない。つまり、退屈な時間が充実することはない。何度か、こんな退屈なプリンセスなんか、いっそ降りようかとも思った。その場合、人間に戻れなくなるわけだけど、何もかもスッパリ諦めるのも、選択肢ではある。
けど、それはプライドが許さない。人間に戻りたい願望、あるいはワンノブゼムに甘んじる屈辱をよしとしても、一度任されたポストを簡単に放り出すなんて、無責任にも程があると思う。まして、自ら望んでのことだし、なおさらだ。
……思考のリソースを割くまい、と思っていたはずのユウヤが、この点についてどう思っているのかが、ふいに気になった。こいつとは相容れないとは言え、一切の断絶を取り決めたわけでもない。軽く聞くぐらいなら?
「ねえ、ユウヤ?」
「なんスか?」
特に怒っている様子はないらしい。ミリ単位で安心した。続ける。
「あなた、退屈じゃない? 人間に戻れなくなるのを差し引いても、プリンスの地位、降りたいとは思わないの?」
その問いに、ユウヤは「そんな顔、できたの?」と驚くほどの真面目な表情で答えた。
「ぶっちゃけ何度も考えたッスけど、そんなの、俺のプライドが許さねえッスよ」
ウオッス口調でありながら、毅然とした言い方だった。顔を引き締め、続く。
「特に仕事がないお飾りであれ、一度任された役目を途中で投げ出すほど、俺も無責任じゃねえ。そう思われてるんなら、心外だな」
それまでの軽薄さとウオッス口調がなりを潜め、男らしいと言っても差し支えのない調子で、ユウヤは言い切った。声のトーンも、真面目そのもののそれだった。
きっと、これがこの男の「素」なんだろう。予想外もいいところだけど、悪いとは思わない。むしろ、初めて見つかった、共通点と言える。
「見た目にそぐわず、いい心がけね。あたしもそう思うわ」
「ちぇっ、一言余計だよ」
「それは失礼。ところで、ウオッス口調より、そっちの方が楽かしら?」
より砕けて聞くと、ユウヤは虚を突かれたように言った。
「えっ? 俺の喋り方?」
「そうよ?」
自然に促したら、ユウヤがカリカリと頬をかく。
「ま、まあそうかな。チーム内でもねえし、俺的には」
「キャラを作ってたわけ?」
「ま、そうとも言えるかな。後はビミョーなクセっつうか。チーム内にも上下はあったし、暗黙のルールってのもあったしさ」
想像の範疇を出ないけど、暴走族内でも上下関係があるというのは、一応分かるわね。今の地位を説明された時にハチロウ爺も言ったとおり、集団である以上、リーダー以下に序列があるのは、どこであれ同じってことかしら。
「じゃあ、これからはそれでいいわ。正直あたし、ウオッス系が苦手でさ」
「ふうん。アンタに合わせる理由はねえけど、ま、俺も楽にさせてもらうよ」
これまた意外と言うと悪いけど、屈託なく微笑むユウヤだった。なまじ顔の均整が取れてるだけに、金髪と剃り込みが残念ね、つくづく。
いったん印象が変わると、なんだか色々この男のことが気になってくる。あ、断っておくけど、単なる好奇心よ?
「話ついでってわけでもないけどさ? 答えられる範囲で構わないから、聞かせてくれない? ユウヤって、どういう家庭環境だったの?」
なるほど確かに、彼の学歴や経歴は誇れるものではないかも知れない。けど、性根にこんな生真面目さ、責任感の強さが見えれば、それが生育環境に依っているのは想像が付く。素朴に、知りたくなるってものよ。
「家族? ああ、最初に言ったけど、親父がバイクショップやっててさ。おふくろは、スーパーでレジ打ちのパート。後は、フツーのサラリーマンやってる、五つ上の兄貴がいたよ」
すごく、庶民的だった。そりゃあ「息子が暴走族メンバー」っていうのはちょっと変わってはいるけど、それを除けば「ありふれている」と言えると思う。
「家族が、大切だったのね?」
「そりゃあ、当たり前だろ?」
絶対的真理を答えるようなユウヤ。確信をこめてそう聞いたのは、ひとえに、家族のことを話す彼の目が、とても優しかったから。この点でも、真逆ね。
でも、一般的に考えれば、暴走族は世間様に迷惑を掛ける存在であるはず。家族のスタンスが気になった。続けてみる。
「ユウヤって暴走族だったわけでしょ? それに関して、両親はどう思っていたの?」
「んー、親父は『程々にしとけよ』だったし、おふくろは『スピード違反と信号無視以外の犯罪は、絶対するんじゃないよ』って、日頃からスンゲエきつく言われてた。あ、兄貴は『それも経験のうちだ』っつって、結構分かっててくれたなあ」
おおらかだ。嘆くどころか、理解をしてるなんて。個人的な常識からは逸脱してるけど、その懐の広さは称賛に値すると思う。
「親を裏切ったこと、ある?」
「まさか、って言いてえけどよ、不本意に言いつけを破ったことはあるな」
難しい顔のユウヤだった。「不本意」というのが、よっぽど言葉通りだったらしい。
「どういう状況で?」
すると、ユウヤは軽く、でも苦そうなため息を吐いて言った。
「族やってっとさ、どーしても対立する連中ってのがいるんだよ。そいつらとケンカになって、警察のお世話になったことは、何回かあるんだ」
その話も、別に不思議には思わない。よく言って「尖っている」人間の集まり同士なら、衝突があるのも日常的でしょうね。
「アンタはくだらねえって思うかもだけどさ、一応、俺の名誉のために言っとく。こっちから無駄なケンカをふっかけた事は一度もねえ」
「降りかかる火の粉は払わねばならぬ、ってこと?」
「ああ、そういうこった」
真面目な顔で言う、ユウヤだった。けど、過程はどうあれ、警察沙汰になった事は同じはず。それを家族がどう思っていたのかが気になった。
「その、警察のお世話になった件について、家族はなんて?」
「まあ、確かに怒られはしたけどさ、キッチリ理由を説明したら、許してくれたよ。それ以外に親に背いた事なんざ、覚えてる限りじゃ、ねえな」
家族の懐が広いことには変わりがないわね。世の中、いろんな家庭があるけど、かなり恵まれてるんじゃないかしら。加えて、彼の中では、親の言いつけは絶対だったらしい。ってことは、それほど「やんちゃボウズ」ってわけでもなかったみたい。やっぱり、意外に真面目なのね。
……あたしも、本当はさ。親とケンカ別れなんか、したくなかったのよね。東京に出る時も、できれば笑って送り出してもらいたかった。自分の親不孝ぶりが、情けないわ。全ては、もう遅いけど。
「答えたくなかったら黙秘してもいいんだけど、彼女とかは、いた?」
「……ああ、いたよ」
軽い気持ちでさらに聞いてみたんだけど、ふいにユウヤの調子が明らかにダウンした。気のせいじゃないはず。こういう時は、むやみに急かすべきじゃないわね。ユウヤが続ける。
「俺、約束してたんだよ。あいつと。結婚しようぜって……ぜってー幸せにしてやっかんな、って、誓ってたんだよ……」
それは、散ってしまった夢をはかなむ者の声だった。少し、静かに聞いてみる。
「ユウヤの夢って、なんだったの?」
「そりゃあ、決まってるよ。カノジョと結婚して、一人だけでいいから子ども作って、ささやかでもいいんで、幸せな家庭を作ることさ……」
「そ、そう……」
真剣そのものの彼。でも、ピンとこなかった。どこがか、って? そりゃあもちろん、「結婚して家庭を持つ」ことが、イコール「悔やむほどの夢」であることよ。ユウヤを不必要に悪く言いたくはないけど、理解ができない。別の言い方をすれば(と同時に、この流れでは絶対に言えないのは分かる)「くだらなくて、意味がない」ことにしか思えない。
……間違ってるのかな?
けど、そういう「常識」でここまで来たのよ。それで、困ったことなんかない。
「常識」は十人十色、むしろ千差万別。受け入れられないものは、拒否する自由があるはず。なのにどうして、今、こんなに動揺してるの?
混乱を極める思考の中、導き出された答えは……ずばり、「憧憬の念」だった。
そう。ユウヤが羨ましかった。自由で、ありふれてるけど温かな家庭に育って、ささやかなことに無限の価値を見いだして、夢を持っていた。
……悔しいほどに、羨ましかったわね。
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