第2章・第4話 暇、そして暇
――ちょっと想像してくれる?
人間の三大欲求のうち「睡眠欲」だけは満たせるけど、それ以外がいかに必要ないとは言え、すっかり奪われたら、どうする? そういう状況下だったのよね。
ユウヤが「宇宙人」であることは分かった。
お互い、無駄な接触はしないという点でも意見が合致した。
それはそれでいいとして、やっぱり困ってしまう。
いえ、これは別に、例えばユウヤが自分と「いい意味での」接点があって、変に馴れ合いたかったって意味じゃない。仲良しこよしにはならなくとも、せめて「普通の隣人」であって欲しかった。もっとも、その「普通」は、世間的にはちょっとハードルが高いかも知れないけど。
……とにかく、なおのこと困った。一番近い他人がこの有様じゃ、暇つぶしにもなりゃしない。誰が、イライラするために他人と雑談すると思う?
あーもう! 返す返すだけど、スマホがないのが痛すぎる! ただし、今の身体で、スマホなんか操作できないけどさ!
国民の中には、やっぱり楽しませるような事ができる奴はいない。と言うか、逆に感心するぐらいに、飽きもせず怨み辛みを吐き続けている。こんな所でそんな物差しを持ち出すこと自体意味がないのは分かっていても、非生産的にも程がある。と言うかもう、見るに堪えない。
いやまあ、自身も、例えば直接の死因になった専務の奥さんへの恨みとかが、皆無じゃない。そうは言えども、愚痴ったところで意味なんかまるでない。もし、何らかの超常現象的な力で、あの女を呪い殺せるとかなら、話は別だけどさ。
一瞬はプリンセスの権限で今後一切を黙らせようかとも考えたけど、他人、しかも大勢の(恐らく)娯楽を奪うのも、我ながらどうなの? と、思いとどまった。
退屈だった。すごく退屈だった。唯一の救いは、好きな時に眠れることだけ。でもやっぱり、永遠に寝ていられないし、性格的にも、そんな動物園のナマケモノみたいな生活は、ガマンがならない。
とは言うものの、特に何もやることがないのには変わらない。思考の永久ループだった。こうなってくると、「いつ人間に戻れるか?」だけが気になる。
「ハチロウ爺、ちょっといいかしら?」
呼ぶと、人形の山の中から、熊が動いた。のそのそとこっちへ来る。
「お呼びですかな、アゲハ様?」
特に面倒がる素振りも見せず、ハチロウ爺が言う。ストレートに聞いた。
「プリンセスになったら、人間に戻れるのよね? それはいつなの?」
その問いに、ハチロウ爺は変わらぬ……なんだろう、どこか不自然にも見える……サルの笑みで答えた。
「さすがにそこまでは、ワシらも分かりませんのじゃ。天の神が決めることでございますゆえに」
こんな悪人ヅラの老人から「神」なんて言葉を聞くと、ちょっと不釣り合いな感じがした。いや、誰が何を信じようと勝手だし、まさか、輪廻転生が人間の手でできるなんて思ってないけど。
「過去の例はある?」
次にこれが気になった。多分、至って普通だと思う。ハチロウ爺がさらに言う。
「もちろん、ございます。先ほどの通り、いつとは知れませぬが、たいていの場合、ワシらが気付いた時には、プリンスとプリンセスであった『器』、要は今の身体ですな、それが『からっぽ』になっておるのです」
「予告とか予兆とか、そういうのは一切ないわけね?」
「仰る通りですじゃ。仮に予兆の類があったにせよ、ワシ等のあずかり知らぬことでございますゆえに」
説明を聞いて、なるほどとは思った。確かに、予告や予兆があるにせよ、本人しか分からない事だし、それを知ったことを律儀に周囲へ吹聴する理由も義務もない。
「もういいわ、下がりなさい」
「はい」
そしてハチロウ爺は、再度、山の中に埋もれた。
……焦りってさ、往々にしてろくな結果を呼ばないわよね。
それでも、焦っていた。らしくないほど短絡的だった。
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