第2章・第3話 宇宙人
――あまりにも自分の理解の外にいる存在って、時々いるわよね。
……退屈だった。
全く退屈だった。
なにせ、やることがない。いっそ、プリンセスとして何らかの責務があればいいのに、と思った。その一方で、もし「仕事」があったにせよ、こんな場所じゃ生産性うんぬん以前だだから、意味の見いだしようがないけど。
「はあっ……」
何度目か分からないため息。すぐ側にはユウヤがいるんだけど、共通点が皆無なだけに、雑談が転がるとは思えない。
「うーん……」
もしかしたら、プリンセスになったのは軽率だったかも? という考えが、頭をよぎった。ただし、すぐにそれを打ち消した。仮にプリンセスにならなかったなら、「その他大勢」になる。埋もれることが何より嫌な身としては、それはガマンならない。それに、他人の悪口に明け暮れる日々を過ごすというのも、瞬間的にはいいかも知れないけど、不毛すぎてイライラする。
何より、よ。人間に戻るためなんだから、これは必要な手続き……と、自分を納得させようとしたんだけど、ちょっと難しかった。「暇は無味無臭の毒薬」と言うけど、変なところで「言い得て妙ね」とか思う。
そういえば、ここに来てから寝ていない。別に今、眠気を感じているわけじゃないけど、試しに寝てみてもいいかも? ハチロウ爺が言うには、眠りたい時に眠れるらしい。
試しに目を閉じて(魂レベルで、なんだろうけど、できた)眠ろう、と思った。
すると、ゆるやかに意識がフェードアウトしていった……。
……感覚としては、ハチロウ爺の言った通り、ちょうど一晩ぐらいで自然と目が開いた。気分としては、よくも悪くもない。いや、ちょっとマシにはなったかしら? ちなみに、夢は見なかった。脳がないんだから、夢を見るメカニズムを知っていれば、当たり前と言えばあまりに当たり前だけど。とにかく、暇つぶしの手段としては、今のところこれがベストのようね。
けど、眠れることと、それをやった結果が悪くはないって分かっても、じゃあ日がな一日寝て過ごすというのも、どうなの? そりゃあたしだって、グータラしたい時はあるけど、永遠になんかやってられない。行動としても、心情としても。
困った。「暇という名の毒」が、もう効いてきた。死に至ることはないにせよ、かなり辛いわね、これは。
ちら、と、ユウヤの方を見る。
こいつとは、確かに共通点はないかも知れない。ただ、知的好奇心に似た気持ちが湧いてくる。思いきって、話しかけてみた。
「……ねえ、ユウヤ」
「なんスか、アゲハさん?」
改めて「うわあ」と思った。既に分かっていたこととは言え、このウオッス口調は、やっぱり軽薄だ。ただ、こっちから振った以上、多少なりとも転がさないと。
「ちょっと色々聞かせてくれる?」
「いいッスよ」
……いらつくな。こういうタイプの奴も、自分とは接点がないだけで、世の中には厳然として存在しているんだから。順番に聞いていこう。再度、フランク寄りの営業口調を作る。
「趣味はバイクだって聞いたけど、他のことを聞かせて。たとえば、最終学歴は?」
「高校中退ッス」
「そ、そう……」
また「うわあ」と思った。のっけからつまずいたわ。高校中退って事は、最終学歴は中卒。別に珍しくないとは言え、カースト的に底辺に入るのは間違いない。ただまあ、世の中、中卒でも芥川賞を獲った作家もいることだし、ことさらにあげつらう事でもないかも。次を聞いてみよう。
「好きな食べ物は?」
「んー、メガ盛りの牛丼ッスね」
何回目かの「うわあ」だった。よりにもよって、牛丼? しかもメガ盛り? いや、メガ盛りであろうと普通サイズであろうと、そこはいいのよ。問題は牛丼! あたし、牛丼が嫌いなのよ! 食わず嫌いとか、味が気に食わないとかじゃない。「学生時代にお金がなくて、飽きるほど食べたから、もう嫌」なわけ! 率直なところ、どこのチェーンであれ、看板を見るのも嫌なレベル! それが好き? ま、まあいいわ。他人の好みにケチをつけることなんかできないし。次の質問に移ろう。
「え、えっと、お酒とかは飲んでた?」
「ウッス。ポン酒が大好きでしたッスね」
……なんなの? まさかこっちの素性を知ってて、わざと言ってるの? あたしさ、実家が、古くさくてショボい日本酒の造り酒屋なのよね。地元じゃそれなりに評判のいいところだったみたいだけど、超ダサいと昔っから思ってたの。
そんな地味を絵に描いたような、なおかつ社会的なスキルが何も身に付かないような家庭環境が嫌だったから、反発して、親と大げんかして、高校を出てすぐに家を飛び出したのよね。つまり、日本酒って聞いたら、嫌でも実家を思い出す。そんなある意味トラウマ的なものが好きだなんて言われたら、気分のよかろうはずもないわ!
……いや、落ち着け、落ち着きなさい。
あたしが日本酒を嫌いなのは、個人的家庭環境に依るところが大きい。日本酒は、世界でも『SAKE』で通じるほどメジャーなもの。アルコール飲料として断固たる地位が確立してるんだから、今さらいち個人がその存在を否定できるはずもないわ。ええ。
気持ちの整理をつけていることで、ユウヤがジト目気味に言った。
「……つうか、アゲハさん? アンタがエリートなのは俺も分かるンスけど、地味にマウント取るのやめてくれるッスか?」
ちょっとと言うか、かなりムカついた。確かに無意識でマウントを取っていたとは思う。ただし、その事実を指摘されると、いかに本当であれど腹が立つ。と言うか、この男、見た目にそぐわず勘が鋭いみたいね。
「解釈はご自由にどうぞ?」
「……チッ、お高くとまりやがって、いけすかねえッスね……」
ボソッとした声だったけど、聞こえないとでも? 人間、気を緩めてると本音が出るのよね。
でも、よーく分かったわ。どうやらこの男とは、水と油みたい。何から何まで真逆。絶対に相容れない。こういう時は、宇宙人を前にしてると思えばいいのよ。異次元の存在に対して、思考のリソースを割くだけ無駄ってことね。軽く息をついて、ユウヤに言った。
「ありがと。じゃあもうこれから、聞かれたことには答えるけど、不要に接触してこないでね?」
「奇遇ッスね。俺もそう思ってた所ッスよ」
「あらそう」
「そういうことッス」
「「ふんっ!」」
……今にして思えば、大人げなかったわね。
けどさ? 苦手なタイプ、かつ、自分をよく思っていない相手と仲良くしなきゃいけないって法も何も、ないわよね?
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