第2章・第2話 初仕事

 ――人間、できれば楽をしたいものよね?

 そして、他人を思うままにこき使ってみたいわよね?

 それが、シチュエーションはともかく、叶っちゃった。嬉しくないわけがある?


「こちらへどうぞ」

 ハチロウ爺が、あのドールハウスに案内してくれた。山という程じゃ全然ないけど、この身体で高低差のある移動をするのは、意外と大変だった。

 ともあれ、目的の「家」にたどり着き、入った。人形サイズなんだけど、繰り返すように今の自分が人形なんだから、サイズ的にはぴったり。

 お城じゃなくて家だから、玉座なんかはない。リビングに相当する場所に、テーブルと一対の椅子。子どもが遊ぶことを前提に作られているせいで、壁は片方のみ。無理矢理いい方向に考えれば、開放感があるかも知れない。

「お掛けくだされ。アゲハ様の専用席ですじゃ」

 勧められるまま、目の前の椅子に座る。さりげに「アゲハ様」と呼ばれたことが、地味な快感だった。それはさておくとして、テーブルを挟んで向かいにはユウヤが座ったんだけど、いないものとして扱った方がいいと思う。

 その家自体、「国土」の中では少し高いところにあるせいか、片方の壁がなくて、椅子が外側を向いている分、座っていても全体が見渡せる。


 改めて、「国」全体を眺めてみる。ざっと見た限りだけど、やっぱり人形が多いってだけのゴミだらけの部屋ね。そういえば、一つ大事な事を聞き忘れてたわ。まだ側にいるハチロウ爺に聞いた。

「ねえ、プリンセスとして国民に命令したい場合は、どうすればいいの?」

「それは簡単ですじゃ。『プリンセスの名の下に命ずる』と、大きく言えばよろしいだけです」

「なるほどね。それとさ、あたし達って、眠くなるの?」

「基本的にはなりませぬ。ただし、眠ろうと思えば、いつでも好きな時に眠れますのじゃ。一晩眠れば、自然と目覚めますじゃ。もっとも、一晩とは申しましたが、感覚的にでございます。ここでは時間の意味など、ほぼありませぬゆえに」


 正直、助かったと思った。食事をする必要がないのはもう分かってるけど、眠れないとなると、恐らく有り余るであろう暇のことを考えると、多分やっていけない。死ぬ前の自分自身、どんなことがあっても徹夜だけはしないように心がけてたし。ま、もっとも、体調を気にする人形なんて、ありえないけどさ。

「ワシはこれで失礼致しますじゃ。何かご用のある時は、ご遠慮なくお呼びくだされ」

 そう言ってハチロウ爺は、ドールハウスから離れていった。やがて、ゴミの山に紛れて、少し見ただけでは分からなくなった。


 さあ、って言い方も変だけど、どうしてくれようかしら?

 ……そうね、まずはこのカオスな景色を片付けたいわ。

 早速、大きな声で言った。

「プリンセスの名の下に命じるわ。全員総出で、国中を掃除しなさい!」

「「「かしこまりました!」」」

 ビシッとした、大勢の声が返ってきた。そして、わらわらと他の人形達が動き始める。

 思ったとおりと言うべきか、視界に入るゴミが全部「国民」というわけではないらしい。めいめいが「ただのゴミ」と「そうでないもの」をより分けて行く。


 ……予想以上に快感ね。一声命令しただけで、その他大勢が黙って働くのを眺めてればいいのって。

 ハチロウ爺の言ったとおり、時間の意味がほとんどない場所ではあるけど、体感的に小一時間程ぐらい? 足の踏み場もないぐらいだった「国土」が、かなりマシになった。区切りが着いたのかしら? と思った頃に、ハチロウ爺が再度来た。

「終わりましたじゃ、アゲハ様」

「よろしい。まずまずね」

 少なくとも個人的には、これでスッキリした。他に気になるのは、そもそも何人の「国民」がいるのか? ってことなんだけど……別に、正確に把握する必要はないわね。意味がないことだし。


 ただ、ざっくり見た限りだと、三十人いるかどうか? かしら。一瞬、全員を整列させてみたいと思ったけど、やっぱり意味はないとは思う。同じく男女比も気になることはなるものの、知ったところで、これも何の意味も見いだせないのは明らかすぎる。


 それはさておき、少し困ってしまった。他にやることが見つからない。やらせることもない。こういう時、暇つぶしのスマホがないのが悔しい。だんだん焦れてきたから、再度言った。

「プリンセスの名の下に命じるわ。何か面白い芸ができる奴がいたら、こっちへ来なさい」

 言ったはいいものの、今度は反応が皆無。期待はしてなかったし、オッサンがやる寒い宴会芸のたぐいを見せられても困るんだけど、しょっぱいことには変わりがなかった。


 しょうがないって言い方も変だけど、物は試しで、他の「国民」達がどんな事を話しているのか、耳をそばだててみた。


 ……で、後悔した。聞こえてくるのは、他人(多分だけど、自分が生きてた頃の周辺)の悪口や、怨み辛みがエンドレス。そりゃあ自分自身も、職場で陰口を言うことはあったけど、いざ他人が愚痴ってるのを見ると、不毛極まりなくて、げんなりする。


 素朴に思った。これが「安らぎの場」? ものすごく疑問だったんだけど、愚痴りあうのも人間の愉しみ、って解釈しておくことにした。


 ……なんでもそうだけど、功を焦るとダメなのよね。

 けど、その時は「いつ人間に戻れるか?」ってことだけが気になってた。

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