第2章・第1話 即位
――何を持ってそう言うか? って言うのも意見が分かれるとは思うけどさ?
普通の女の子だったら、「お姫様」には憧れるわよね。
形や場所はどうあれ、そうなれると分かって……
一言で言えば、変に浮かれてた。
その言葉を聞いて、ハチロウ爺が満足げに微笑んだ。
「よくぞご決断なさった。プリンスだけでは物足りないという言い方もおかしゅうございますが、こういう地位は、やはり二人揃ってこそと思いますゆえに」
喜んでくれるのは悪い気がしないけど、それって要は、ひな人形の最上段にいるのが「お内裏様」だけだと格好が付かない、ってことみたいね。
まあ、そんな事はどうでもいいわ。こっちは人間に戻るためなんだから。
とにかく、椅子から立ち上がったハチロウ爺が、大きな声で言った。
「全国民に問う! ここに、プリンセスに即位を望む者がある! 異議のある者はおるか?」
すると、程なくして、大勢のいろんな声が混じった一言が返ってきた。
「「「異議なし!!」」」
「決まりですな」
にこやかなハチロウ爺。最初に「反対する国民はいない」って聞いたけど、本当だったわ。
「では、簡単な儀式を執り行います。ディー、ここへ」
誰? と思ったけど、知らなくて当たり前よね。ここにいる全員の名前を把握しているわけじゃないし。とにかく、ハチロウ爺の呼びかけに応じて、一体の別の人形がこちらへ来た。
それは、どう見ても呪術的な出で立ちの人形だった。後ろには、若い女性の姿が見える。浅黒い肌にドレッドヘアで、陽気なラテン系に見えるのに、不思議と「清楚」という形容が似合うような面持ち。そこへ、やっぱり噛み合わないけど、巫女服らしい着物姿だった。
「ディー、推参致しました」
淡々とした、静かな声だった。さっきハチロウ爺は「儀式」って言ったけど?
「これから、何を?」
その問いには、ハチロウ爺ではなく、ディーという名前らしい、女性の呪術人形が答えた。
「はい。これから、プリンセスであることを示す『印』を付けさせて頂きます。それが、最終的に廃棄処分を逃れ、やがて人間に戻るための確たる証となります」
「……痛いの?」
反射的にそう聞いてしまった後で、間抜けさを再認識した。よくよく考えるまでもなく、今の自分に痛覚なんかあるわけがないのに。そこにはつっこまず、厳かにディーは言った。
「いいえ、そういう類ではありません。これを、特別な力で右の手首に巻くだけです」
そう言って彼女は、小さな赤い布きれを見せた。
「すぐに終わります。右手をお出しください」
「こう?」
言われるまま、ディーの前に、右手を差し出す。
すると、彼女が持っていた「印」の赤い布が、ひとりでに宙に浮いた。
立派な超常現象ではあるんだけど、「人間から人形に生まれ変わった」というインパクトの強さの前には、ささやかなことのように思えた。そしてその布は、意志を持っているかのようにふわふわと動き、差し出された右手首に、しっかりと巻き付いた。
「これで、完了です。おめでとうございます」
少し口角を吊り上げ、ディーが言う。続けて、ハチロウ爺が手を叩きながら(くどいようだけど、魂レベルでって意味よ?)言う。
「ワシからも、祝わせてくだされ。いや、めでたいことですわい」
そこまでかな? と思ったら、周囲から、また大勢の声が聞こえた。
「「「プリンセス誕生バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!!」」」
まさしくの万歳三唱。祝福されていることは、嫌でも分かった。
不特定多数から、こんなに祝われるなんて、そうはないわよね。
死ぬ前の職場でも部下はたくさんいたけど、言うことを聞きはしても、誰も祝ってはくれなかったことを思うと、それはかなりの快感だった。
……かくして、あたしは「ガラクタの国のプリンセス」になった。
もう一度言うわ。これが、とんでもない間違いだったの。
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