第1章・第7話 月とスッポン
――とりあえず、プリンスの名前は分かった。
けど、ある意味「期待を裏切らない」こいつの素性を知って、あたしは感心することになる。
もうちょっとぐらいはこの男について知っておいてもいいかも知れない。フランク寄りの営業口調で聞いてみた。
「あなた、死ぬ前は、何をやってたの?」
「ウッス、俺、家がバイク屋だったんスよ。昼間は親父の手伝いしてて、夜になったら、チームでつるんで、バイクでかっ飛ばすのが趣味だったッス」
「……端的に言えば、暴走族だったってこと?」
「ま、世間的にはそう言うッスね」
もう一回「うわあ」と思った。元暴走族? いえ、特攻服姿だから「もしや?」とは思ってたけど、こうも見た目と合致してると、逆に感心するわ。
「ちなみに、いくつの時に、どうして死んだの?」
必要のないことかも、とは思ったけれど、ちょっとした好奇心で聞いてみると、ユウヤと名乗った男は、気まずそうな苦笑いを浮かべた。
「ちょっち、ね。いい気分でカッ飛ばしてたら、カーブを曲がりきれなくて、事故っちまったんス。二十一歳ッした」
「それは、ご愁傷様だったわね」
一応口ではそう言うものの、やっぱり分かりやすかった。まさか、若いことに嫉妬なんかはしないけどさ? 死因が「いかにも」ね。大方、スピード違反でもしてたに違いないわ。もっとも「交通ルールを律儀に遵守する暴走族」なんていない……って言うか、そんなのはそもそも「暴走」族じゃないわよね。
「アンタの死ぬ前は?」
「一応、銀行員をね。死んだ時は二十八だったわ」
「ひえー、バリバリのエリートお姉様じゃん! スッげぇ……」
……自分の職業を言って、珍獣を見るような目を向けられたの、掛け値無しで初めてだわ。なんだか妙な、名状しがたい屈辱感に似た気分さえ覚える。
それにしても、このユウヤという奴とは、素晴らしいぐらいに接点がない。
かたや、バリバリのキャリアウーマン。こなた、一番嫌いな、社会的には何らの役にも立たない、言ってしまえば最底辺のクズ。月とスッポンレベルね。こんな場所でもなければ、一生、一切縁がないタイプと言えるかも。
とにかく、プリンスであれ、即位するのに資格が必要ないっていうのは本当らしいわね。でも、それはいいとして、個人的に一番気になることがある。ハチロウ爺に聞いた。
「ねえ、プリンセスになるって事は、プリンスとの結婚を意味するのかしら?」
するとハチロウ爺は、少し驚いた……と言うか、どこか小馬鹿にしたようにも見える顔で答えた。
「そういう意味ではございませぬ。と申しますか、仮に結婚ができたとして、この国で暮らすために、メリット……いえ、意味などございますかな?」
「……言われてみれば、それもそうね」
安心したと同時に、見当違いの質問だったことを、少し恥じた。確かにここはコミュニティなのだろうけど、結婚制度があったとしても、公的、あるいは法的な意義なんかあろうはずもない。自己満足レベルのそれしかないと思う。
自分の見当違いを差し引くにせよ、なぜ、そんなことを聞いたか? は、ひとえにこのユウヤという奴に、嫌悪感しか覚えないからだ。もし、プリンセスになることがこいつとの結婚、ないしはそれに準ずる関係の構築義務を意味するなら、さすがに二の足を踏む。
しかし、そうじゃないのなら、とりあえずは安心かな? とか思っていると、ハチロウ爺が付け加えた。
「ほっほっほ……世の中、たとえ本物の王族であれ、真に仲がよい者も、そうはおりますまいて」
「まあ、そうよね」
的外れなことを言ってるわけでもなし、納得はできる。
……となると、後は自身の思いきり一つね。
って言うか、人間に戻れるなら、このチャンスを逃すもんですか。
いけない、大事な事を忘れてたわ。結婚を意味するものではなくても(精一杯いい表現で)「相方」の意向は聞いておくべきかも。
「あなたは、あたしがプリンセスになったとして、何か問題はある? プリンス・ユウヤ」
「別にねえッスよ? 好きにすりゃいーじゃん。俺の知ったこっちゃねーし」
「あっそ」
いかにも無関心、といった風の返事だったから、こっちも素っ気なく返す。文句さえなければよしとすべきね。
「さて、アゲハさん? どうなされますかな?」
ハチロウ爺の問いに、決然と答えた。
「やるわ。あたしを、プリンセスにしなさい!」
……この決断が、間違いだったのよね。
言わば、エサの付いた釣り針に、勢いよく食らいついちゃったわけ。
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